アメノウズメは誰の娘だったのか                    「サイトの歩き方」も参照してください。

岩戸神楽は西日本とりわけ九州地区において現在でも頻繁に行われている民間芸能の典型です。その題材のお手本は勿論、記紀で詳しく語られる天岩戸の場面に原点がある訳ですが、神話には余り馴染みの薄いと思われる読者のために要旨を解説しておきます。伊邪那岐・伊邪那美による神産みの最後に生まれた三貴神たちには、親神からそれぞれに治めるべき国が与えられます。その結果、高天原はアマテラスの領分となりスサノオは海原を任されたのですが、彼は母親の眠っている「根の堅洲国」に行きたいと泣き続けました。青山を枯れ木の山に変貌させ、河海の水をも悉く泣き枯らしたスサノオを見限った父神は『お前は此の国に住んではならない』と宣告、姉のアマテラスに暇乞いするため彼は天に参上ります。国土を大いに揺すらせ山川すべてをどよめかせて天上界に駆け上るスサノオの姿を見たアマテラスは咄嗟に「私の国を奪おうとしている」と思い込み、軍備を整え迎え撃つ体制を固めました。

之に対し野心の無いことを証明するためスサノオは「宇気比」で「子」を産みましょうと提案、これは「予め結果を予測して行う」一種の占い行為とでも言うべき行動で、二人の神々はお互いの持ち物(八尺の勾珠と十拳剣)を交換してそれぞれ合わせて八柱の神々を生んだのですが、宗像三女伸を得たスサノオの「勝ち」となり、これに勢いを得たスサノオは天上界で大暴れします。始めは弟の好き放題を許していたアマテラスも、神聖な場所をも冒涜するスサノオの行状には大いに憤激し、自ら天岩屋に差しこもってしまいます。至高の太陽神を失った高天原は暗闇に包まれ困り果てた八百万の神々は、一体どうしたものかと相談を始めるのでした。

岩戸神楽  アメノウズメ  アマテラス

何分、天地開闢以来初めての出来事なので普段は何事にも動じない神様たちにも中々良案が思い浮かびません。そんな中、智謀に富んだ思兼神が一つの提案をしました。『大神はきっと、漆黒の闇が支配する只中で我々が意気消沈して、途方に暮れているはずだと思っておられる事だろう。そこで、ここは一番、岩屋の前で賑やかな音曲でも奏で、皆で大歓声でもあげれば必ずや何事が起きたのかと確かめようとなされるに違いない。』様々な手はずが万端整えられ登場するのが天宇受売命(天細女命、アメノウズメ)なのです。古事記は彼女の様子を次のように表現しています。

  天の香山の天の日影をたすきにかけて、天の真折をかずらとして、天の香山の小竹葉を手草に結いて、
  天の岩屋戸に汙気(うけ=樽?)伏せて踏みとどろかし、神懸りして、胸乳をかき出で裳緒を番登に忍し垂れき。

余りの熱演振りに見とれていた神様たちは、本来の目的を一瞬忘れ、やんやの拍手と大声援を鈿女に贈りたかったのですが、そこはとても偉い神々のことですから、どっと大笑いして済ませたものでした。この後、何やら外の様子がおかしいと思い、大神が岩戸を少し開いた処を見計らい力持ちの天手力男神が彼女を外へと引き出し、岩戸前には素早く注連縄を張り巡らせ、アマテラスが再び岩屋戸に入ることを防いだのです。この一連の出来事を演目化した芸能を岩戸神楽と呼び、主人公の一人で重要な役割を演じた女神がアメノウズメなのですが、彼女はこの後更に大事な場面でも登場し期待に応えて活躍します。それが記紀の編集者たちが最も後世に伝えたかった神話の核心とも言うべき筋書きで、一般的には「天孫降臨」と呼ばれている段に相当する部分です。皇祖アマテラスは初め太子天忍穂耳命を、次いで天孫番能邇邇芸命(ニニギノミコト)に豊葦原水穂国を『知らさん国(統治すべき国)』として与え高天原から「天降る」よう命じますが、この時大神は「⓵ 天児屋根命、⓶ 布刀玉命、⓷ 天宇受売命、⓸ 伊斯許理度売命(石凝姥、イシコリドメ)、⓹ 玉祖命の五柱を五伴緒として随伴させています。

ニニギノミコトの一行が「天の八衢」に差し掛かった時、異様な神が行く手を塞ぐかのように立ちはだかります。この折、高木神の意向を受けたアマテラスはアメノウズメに向かい『汝は手弱女人(たわやめ)にはあれども、伊牟迦布神、面勝つ神なり』と褒めちぎり、不審な神が誰であるのか問いただす役を与えたのです。この時、問い詰めた相手の衢神・猿田彦は天鈿女命の婿神となり二柱は猿女君の遠祖となる訳ですが、日本書紀は同じ件の記述で『その時、八十万の神が現場に居たが、誰も眼力でウズメには敵わなかった』とも文飾している程ですから、彼女の持つ霊力は他の神々を遥かに凌いでいたのだと思われます。アマテラスから全幅の信頼を寄せられ、優れた威力を備えた天鈿女命は、その行動から邪馬台国の卑弥呼を彷彿させる存在に見えるのですが、記紀は彼女の素性・系譜を全く語らず後裔の姓を記録しているだけに留まっています。それでは女神の親兄弟を推理する手がかりも皆無なのでしょうか?神話仕立てのお話とは言え、その中には事実を反映した記述もあるのではないかと云う想定のもとで検証してみましょう。

古事記より  古語拾遺  古語拾遺・崇神段

まず「五伴緒」の役割ですが、皇祖が自らの大切な孫の守護神としたのですから、帝室にとって最も信頼できる更には抜群の能力を備えた逸材を揃えた布陣だったと考えて間違い無いでしょう。古事記はそれぞれの神様が「⓵ 中臣連、⓶ 忌部首、⓷ 猿女君、⓸ 作鏡連、⓹ 玉祖連」の祖先であると明記している様に、彼らには記紀が編集された時代にも実際に子孫が居たのですから、アメノウズメも決して架空の存在などではなく、古代の倭国に実在した有能な女性だったに違いありません。また、天岩屋・天孫降臨に関する記紀の書きぶりから、至高神アマテラスは天鈿女命を良く知っていたと思われます。つまり二柱の女神たちは「同じ時代」に暮らし、緊密な関係(顔見知り)にあったと言えそうです。そのような想像を背景として「五伴緒」の面々を再度見直すなら、

  ⓵ 中臣連=天津彦根命----天目一箇命----意冨伊我都命----彦己蘇根命----阿目夷紗比止----川枯彦----坂戸彦----冨炊屋姫(中臣氏へ嫁ぐ

の系譜に繋がる中臣氏、と云うより八世紀の権力者「藤原氏」を除く四柱の神々は、いずれも天孫族である天津彦根命と親しい関係にある神様だと推測されます。そして名前を上げた順序をそのまま神々の序列と看做すなら、アメノウズメは鏡作の祖神や玉作の祖神よりも「上位」にはあるものの「布刀玉命」には及ばない存在だった事がわかります。帝室の「三種の神器」は「鏡、珠、剣」のセットであることは有名ですが、天孫の随行神たちも当然それらの象徴を包含していると考えれば、その名称に「刀」を含んでいる布刀玉命という神様が「剣(つるぎ)」(作り)の権能をも掌握している事が窺えます(中臣と猿女は祭祀そのものを司る)。忌部(斎部)氏の『古語拾遺』は、

  1 天日鷲命=阿波忌部の祖  2 手置帆負命=讃岐忌部の祖  3 彦狭知命=紀國忌部の祖  4 櫛明玉命=出雲忌部、玉作の祖  5 天目一箇命=筑紫、伊勢忌部の祖

の五神を天太玉命が「率いる」と記録してますが、記紀にある記述を総合して勘案すると「天布刀玉命」という神名には、様々な役割を持つ幾つもの神様の権能を統合した複雑な性格が込められていそうです。アマテラスに直結した神話は、恐らく記紀の編集段階で大幅な改修が施されていると見なければなりませんが「五伴緒」の部分に限って見れば、天鈿女命が登場する前段の内容がより伝承の原型に近いものだと考えられるのです。そこには次のように記述されています。

  思金神に思はしめ(中略)、天の金山の鐵を取りて、鍛人、天津麻羅を求ぎて、伊斯許理度売命に科せて鏡を作らしめ、
  玉祖命に科せて、八尺の勾玉の五百津の御須麻流の珠を作らしめて、天児屋根布刀玉命を召して、天の香山の真男鹿の肩を内抜きに抜きて

「五伴緒」に欠けている神様は「天津麻羅」という一風変わった名称の方ですが、前後の文章から彼が「天の金山(香久山)の鉄」を用いて作り上げた神器は「剣」以外の物であったはずがありませんから、それは天津彦根命の長子・天目一箇命(別名・都留支日子命。天御影命と同神)に他なりません。つまり「天目一箇命が剣を鍛え・石凝姥が鏡を拵え・玉祖命が勾玉を作り上げ」たものが大王の位を象徴する「三種の神器」であり、それらを奉げる祭祀を元々天刀玉命が独りで取り仕切っていたのです。古代にあって独自の優れた技術力で全国各地に勢力を拡散した「忌部氏」の総帥が天布刀玉命なのですから、彼は当然アマテラスの三男・天津彦根命と見られます。また『古語拾遺』は時代が下った崇神天皇の段の中で「石凝姥の裔、天目一箇命の裔の二氏を率い、斎部の祖先が鏡と剣を調整して天皇の御璽(みしるし)とした」と言い伝えている点に注目すると、この二神が極めて近しい関係(親子兄弟あるいは夫婦)にあったと考えられます。石凝姥を祖神とする鏡作氏は天細女命と同様、詳しい系譜が残されていませんが「天科刀見命----刀奈己利命」という『刀』の一字を含む名称の祖神が居たようですから、天孫族天津彦根命一家とは刀(剣)作りで協力関係にあった氏族だったのかも知れません。

アメノウズメの傍証をもう一つ上げるとすると、それは高木神(高御産巣日神、高皇産霊尊)の返し矢に中り、葦原中国で亡くなった天若日子の葬儀の模様を記した以下の文章です。

  故、天若日子の妻、下照比売の哭く声、風のむた響きて天に到りき。ここに天在る天若日子の父、天津国玉神またその妻子聞きて、降り来て哭き悲しみて
  すなわち、そこに喪屋を作りて、河雁を岐佐理持とし、鷺を掃持とし、翠鳥を御食人とし、雀を碓女とし、雉を哭女とし、かく行い定めて、日八日夜八夜を遊びき

オノコロ共和国では、アマテラスが葦原中国に「平定」を目的に派遣した天若日子を天津彦根命と同神であると看做しています。その父親が「天津国玉神」つまり「高天原の最高神=天照大神」だと古事記自身が記録しているのですから、この見立ては間違いないと思います。その最期に立ち会い「遊び」を行っている「碓女(うすめ)」こそアメノウズメの真の姿ではないか!彼女は天津彦根命の娘、すなわちアマテラスの孫娘ではないのか?それが今回の結語です。

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