たばこする」とは何ぞや? 方言遊びについて             サイトの歩き方」も参照してください。

「重いコンダラ」(正しくは「思い込んだら」某スポーツ系アニメ・主題歌の歌い出しの一節)についての小話は、売れないというか、つかみの下手な芸人の前説のようにTVなどで使い古され、もう、極当たり前の会話の一部になってしまった憾みがありますが、言葉というもの、その気になって調べ始めるとなかなかに奥が深い。今回取り上げたテーマは、そんなには深くない、個人的な出来事にまつわるお話しをしてみます。見出しの言葉使いが少し変な理由は最後に分かります。

  (photo by SkyLetterさん)  まるで本物のお城のようですね   ブリキの玩具は宝物でした

テーマパークなどという洒落たものは未だ陰も形も存在していない昭和30年代前半、おもちゃと呼べる物も確かにお金を出せば色々と買えたのでしょうが、手許にあったものと言えば電池式のブリキ自動車(勿論、無線式ではなく有線式です)くらいしか記憶には残っていない。したがって、大袈裟な言い方をすると、子供たちにとって「遊び」そのものが生活の核、全てになっていたわけです。その「遊び」にも沢山の種類があったはずですが、近隣の子供たちが近くの空き地や路地に三々五々集り、申し合わせたように始めるのが「べったん」(メンコ)と「ビーだん」(ビー玉)だったように思います。勿論、ボール遊びやチャンバラもしましたが、何分、山と山に囲まれた川沿いの狭苦しい土地柄、広い遊び場というものが無かったので、どうしても、この二つが遊びの中心になったのです。

甦る半世紀前の風景 「にっちん」をご存知ですか?!

一口に「べったん」と言いますが、その遊び方には実に複雑なルール、それも、その土地だけの、というよりも仲間内の子供たちだけに通用する特別なルール(隣り町は勿論、少し離れた地区でも通用しない)があり、上級生から下級生に脈々と伝えられ、そのルールを理解しない者は遊びには加われなかったものでした(当時はどこの家庭でも兄弟姉妹の人数が多かったので、一つの家族の中でも、この伝承が護られやすかったのだと思います)また、単なる遊びには違いないのですが「べったん」や「ビーだん」は、実際に勝ち負けを競い合うものでしたから、負ければ自分の宝物である「べったん」を取り上げられることにもなるので、子供ながらも遊びは正に真剣勝負だったのです。とはいうものの、遊び心を忘れて二十有余年、何気なく人気のTVアニメを見ていたとき、主人公の父親が、娘の同級生たちを相手に「べったん」で勝負、ほとんどの「べったん」を巻き上げる、という筋書きの中で『あっ、にっちんや』と叫んだ時、まったく失念していた遊びの風景が突然、意識下に甦ったのです。

にっちん」という呼称が関西では今も一般的なものなのかどうか分かりません。また、それが「ルール」の一つだったのか、それとも遊び方そのものの名前であったのか、それも記憶の彼方に霞んでいます。ただ思い出の引き出しにあるうろ覚えの断片をつなぎ合わせた時、叩き落とした「べったん」の重なり方独特の呼び名で、その場合、普通とは違い、より多くのべったんを自分のものにすることが出来たように思います。数人の子供が集まり、まず、各々が10枚程度の「べったん」を出し合い、それをトランプのように切ってから一段高い場所(例えば石段の端などが理想的です。適当な場所がなければ平地に蜜柑箱を置いてもかまわない)に重ねて置きます。先攻の順番をじゃんけんで決めると次々、その「べったん」のヤマを自分の一番使いやすい、そして力のある「ぺったん」(それを「つよべん」と言います)で煽りながらはたき落としあうのですが、下に落ちた物が表のままか、それとも裏返しになっているか、また、何枚が落ち、その内訳がどうなっているか、など、複雑極まりない遊びのルールがあって、その一つが「にっちん」ではなかったのか、と言うわけです。

「べったん」で遊んだ時期といえば小学校の後半3年間でしょうか、決して短い時間ではありませんでした。当時、ほぼ毎日のように頻繁に使っていたはずの言葉が、その後の20年あまりの歳月が過ぎ去ることで風化し、言葉としても、思い出としての風景も記憶装置の片隅に押しやられ、あたかも存在しないもののように変質していたのです。

という難しい解説はさておき、言葉は使うものであり、使われてこそ価値のあるものなのでしょう。そこで表題の「たばこ」ですが、ここからは小説風な仕立てになります。とある山陰の田舎町を想像してみてください。

「20世紀にっぽん人の記憶」より   夕陽の彼方には何かが在る?

春休みの中学校、クラブ活動のため登校していた生徒たちが、暖かい陽だまりのある講堂の裏手に散らばり、雑談にふけっていました。偶々通りかかったのが最近着任した風紀担当の若い先生。近づいた途端、生徒たちはピタリとおしゃべりを止め、先生にはその中の一人が急いで何かをポケットに隠したようにも見えました。

    「お前たち、ここで何をしているのか?」

    「はぁ、いんま、みなで、たばこしとぉましたわ」

この後に起こったドタバタについては恐らく読者の皆さんにも容易に思い描くことが出来るでしょうから、先生の拳骨が生徒たちの顔面・頭部に物理的な衝撃を与え、彼等が職員室前の廊下に正座で1時間ばかり坐らされた顛末は省くことにして、この場合「たばこする」は勿論「煙草を吸う」ではなく「休憩する」という意味で、方言を知らなかった都会育ちの若い先生の、一方的な大いなる勘違いだったのです。ただ、その時数名の生徒たちが、あえて一切弁明しなかった理由は未だに解明されていません。昔のTVドラマでは、こんなとき、主人公の一人が『みんな、明日という日を信じよう!』と赤い夕陽に向かって叫び、画面中央から一斉に元気よく走り出す設定になると思うのですが…、少し中途半端ですが、今回のお話しもここで「時間ですよ」。

     
     
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