縄文の遮光器土偶と三星堆の縦目仮面               「サイトの歩き方」も参照してください。

縄文時代の最も遅い時期、およそ三千年ほど前、東北・津軽地方でとても個性的でエネルギッシュな土製品が生まれました。恐らく一度や二度、みんな何処かでその特異な画像を見たに違いありません。それが遮光器土偶と呼ばれる縄文人が創造した土の芸術品なのです。下で紹介している画像を見ていただければわかる通り、このような容貌をした「ヒト」は地球上には存在しませんから、良く「宇宙人」渡来説の明白な「証拠」として取り上げられたりもするのですが、その真偽については縄文人の作者たちに直接聞いてみなければ詳らかになりません、それはさておき。二つの土偶を並べてみて先ず感じることは具象性と抽象の意図的な混淆という点で、頭飾り(髪飾り)や衣装あるいは刺青と思われる物の紋様などが極めて具体的(写実的)に表現されているにもかかわらず、頭部のほとんどが眼球によって占められている魔訶不思議な不均衡が作品を支配しています。これは実在のモデルがいたかどうかは別にして、作者にとって「土偶の目」が最も大切な物、最も表現したかったものであることを示しているのでしょう。

青森県の亀ヶ岡から出土した土偶は、体の表側だけでなく背面の全体にわたって複雑でち密な紋様が描かれています(下右の画像参照)。また腰の上部あたりに巻き付けられた「帯」にも見える布状の装飾にも細かな編み目が規則的に付けられている処などを見る限り、この作品の作者が人の顔を写実的に作ろうと思えば、幾らでもモデルに「似せて」作成することが可能であった(それだけの技量を持っていた)と考えられますから、繰り返しになりますが遮光器土偶を作った縄文人にとって「目」を最大限にまで大きく表現することが最も重要な目的の一つであったと推測できる訳です。では、彼らにとって非常に大切なものと考えられていた「目」とは、一体どのようなモノだったのでしょう?

亀ヶ岡出土品  縄文期の土偶  土偶の背面

華陽国志より  WEBより  

目は人に備わった五官の一つであり、自らを取り囲む自然外界を観察するうえで不可欠なものですが、土偶の意匠に見られる巨大な眼球は明らかに尋常なヒトの持ち物ではなく、また他の動物の目を象ったものだとも思われません。この時代に作成された土偶は、女性を象り身体の部分部分を強調したものが多いのですが、一般的には「豊穣」を期待した呪術的あるいは宗教的な行事のための祭器の一つであったと考えられています。確かに、上で紹介している亀ヶ岡出土(左・右)などはふくよかで健康的な若い女性を彷彿とさせ、縄文人たちが「多くの子供たち」と共に豊かな実りを得られるように「何者」かに祈りを捧げた儀式の場面で登場した可能性は低くないでしょう。ただ、このような「解釈」では顔とほぼ同じ大きさの目が何故生みだされたかの説明ができません。現実の生活の中で「目」は、文字通り何かを「見る・知る」ために存在する器官なのですが、恐らく縄文土偶の作者は像として表わした土偶の「目」には、それとは別の意味合いを持たせたかったのではないかと思えてなりません。土偶は人(理想的な女性)であって、尚、人ではないのです。具象と抽象の併存そして人であると同時に人ではない何者かという難題を解き明かす発想の一つが、土偶は「仮面」を付けた姿なのではないかという捉え方です。

遮光器土偶=宇宙服という奇説は置くとして、実は日本の縄文時代中後期に相当する紀元前三千年~紀元前千年頃に、中国大陸の四川省では「蜀」という名の古代国家が存在し、そこでは独特の青銅器文化が大いに栄えていたことが近年の研究で分かってきました。東晋の常璩が西暦355年に編纂した『華陽国志』全十二巻は「巴・蜀・漢中」の地誌として知られる古代文献の一つですが、その巻三蜀志には、
  周失紀綱 蜀先称王 有蜀侯 蚕叢 其目縦 始称王

という一文が記されており、良く知られている「周」が勢いを無くして衰退すると「蜀」の実力者が「王」を名乗ったとあり、もともと周の一貴族に過ぎなかった「蚕叢」という名前の人物が初めて「蜀の王」に上り詰めたことが分かります。そして四川省で三星堆遺跡が発掘され、特異な風貌をした青銅製の仮面が次々見つけられるまで、蜀の王の「目が縦」だったという文言自体が研究者たちには到底理解できず、古蜀の存在そのものがお伽噺の世界だと看做されてきたのです。気の遠くなるほど距離的にも離れた二つの造形物には何かしらの関連があったのでしょうか。どことなく微笑みを湛えた青銅の仮面に何故か親しみを感じてしまうのは筆者だけかも知れませんが、他の出土品に刻まれた文字様の象形の解読が進めば、新たな事実が明らかになるかも知れません。さて、肝心の土偶ですが、若しも「仮面」を付けた女性を象ったものであるとするなら、その「顔ほどもある大きな目」で「未来を先取りする」ことが出来る預言者、ずっと後の邪馬台国を率いた卑弥呼のような人物を模した造形であったとも考えられそうです。

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