原始林の縁辺に於ける探検者    富永太郎                「サイトの歩き方」も参照してください。

                     ――UneOde

 

         T

 

陽の眼を知らぬ原始林の

幾日幾夜の旅の間

わたくし 熟練な未知境の探検者は

ただふかぶかと頭上に生ひ伏した濶葉の

思ひつめた吐息を聴いたのみだ。

ただ蹠に踏む湿潤な苔類の

ひたむきな情慾を感じたのみだ。

 

         U

 

まことに原始林は

光なき黄金の水蒸気に氾濫し

夏の日の大いなる堆肥の内部さながらに

エネルギーの無言の大饗宴であつた。

ああ嘗て私の狂愚と慚羞とを照らした太陽は

この探検の最初の日

さりげなく だが 赤々とその身を萎み

私をこの植物の大穹窿の中へと解き放つた。

その日から私に与へられたのは

獣類の眠りのやうな漆黒の忘却であつた……

それを思へば

今もなほ あゝ 喜びに身が慄ふ!

 

         V

 

毛竝さはやかな仔豹のやうに しづしづと

また軽捷に

私は怪奇な木賊族の夢を貪婪に掻き分けた――

何ものの悪意も知らず 怖れもなくて

強靭な植物らの絶え間なく発汗する

強酒のやうな露を身に浴び

誇りかに ただ誇りかに

鼻孔をひらき かぐろいエーテルを分けて進み行くわが身は

心楽しく闇と海とに裂傷をつくる

春の夜の無心の帆船であつた。

だが ときをりは

嘗て見た何かの外套のやうな

巨大な濶葉の披針形が

月光のやうに私の心臓に射し入つてゐたこともあつたが……

 

         Y

 

恥らひを知らぬ日々の躁宴のさなかに

ある日(呪はれた日)

私の暴戻な肉体は

大森林の暗黒の赤道を航過した!

盲ひたる 酔ひしれたる一塊の肉 私の存在は

何ごともなかつたもののやうに

やはり得々と 弾力に満ちて

さまざまの樹幹の膚の畏怖の中を

軽々と摺り抜けて進んでは行つたが、

しかし

喩へば肉身を喰む白浪の咆哮を

砂丘のかなたに予感する旅人のやうに

心はひそかな傷感に衝き入られ

何のためとも知らぬ身支度に

おのが外殻の硬度を験めす日もあつたのだ!

 

         X

                                                        (未完)



   富永太郎      




(注意)この詩篇は中原中也の作品ではなく、富永太郎のものです。

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