祇園神社と「天王」についてスサノオ異聞                          サイトの歩き方」も参照してください

小説「田舎中学三文オペラ」の主人公が、かつて住んでいた町の名前が何故「天王」(てんのう)なのかと首を傾げていましたが、これについては一つの心当たりがあります。それは、主人公も物語の中で述べている”祇園さん”に関連したものなのですが、何分素人の考えなので、その内容が的を得たものであるのか、それとも的外れのものであるのかは、読者の判断におまかせします。

ところで、皆さんは「祇園神社」と言えば、当然のように京都東山に鎮座する、あの八坂神社を心に思い浮かべることとおもいますが、八坂さん−つまり祇園神社の祭神は誰か(なんと言う名前の神様か)知っていますか?ここで、直ぐに答えが出で来る人は、相当の日本史通−神様通と言えるでしょう。

祇園祭り  神戸の祇園神社     八坂神社  

るるぶ京都を歩こう'17 (るるぶ情報版(国内))

優雅で煌びやかな祇園まつりのイメージが強い祇園さんの祭神はたくさんあるのですが、その中心となっている神様はアマテラスの弟とされる「素戔鳴尊」(すさのおのみこと、須佐之男神とも書かれる)と、その妻「櫛稲田姫命」(くしいなだひめのみこと)であり、子供たち八柱も合わせて祭られています。

今、恐らく学校教育の場では勿論、地域や家庭においても『神話』が話題になることは極めて希なことでしょうから、読者の皆さんも、こんな名前の神様は聞いたことがないかも知れません。そこで、少し、日本の神様たちと『神話』について説明をしながら、小説に出で来た「天王(てんのう)」とのつながりも見てゆくことにしたいと思います。

スサノオノミコトとは、どんな神様なのか

日本の神話と言えば「古事記」「日本書紀」(合わせて記紀神話といいます)などが主な典拠になるのですが、この他にも各国(クニ)ごとに創られた「風土記」にも様々な形で神話が語られており、その代表的なものが「出雲国風土記」です。では、祇園さん、つまり八坂神社に祭られている「スサノオ」とは、一体どんな”神様”なのか?

記紀神話を初めから書き出すと、馴染みの無い読者はきっと急性の偏頭痛に襲われることになるので、大幅にはしょって、肝心なところだけを紹介することにして、神様の名前も漢字表現はやめて、カタカナの略称で済ませます。まず、第1段階の神話=創世神話 二人の神様「イザナギ」「イザナミ」が協力して日本、ミズホノクニ(日本全体のこと)を創ります。創るに当っては何かと事件も起きるのですが、ともかく日本というクニが出来ました。第2段階=クニは出来たのですが、そこを治める神様を決めなければいけない。そこでまた、色色と問題も生じることになりますが、ともかくイザナギによって次のような決定が下されます。

    アマテラスがクニを治める
    スサノオはウナバラを治める

ここで神様たちの家系図を極々簡単に書いてみると(極めて簡略化したものです。本当に記紀にある通りに書こうとしたらどれくらいのスペースが要るのか分りません)

  古事記より(部分)

『後もう一人のカミサマがいるじゃない、そのカミサマは何処に行ったの』などと聞かないでください。この「ツクヨミ」という神様は余り活躍しない性格の方で、このあとも殆ど記紀での出番はありません。ただ、古事記の記述を正確に記述すると、イザナギの決定は、上のように二人の神様に対して行われたのではなく、ツクヨミには『夜の世界を治めなさい』と命令しており、この神話の原型の一つが日月神話だったことが分ります。

つまり、アマテラスは太陽を象徴する神様ですから、その正反対の神様としてツクヨミ(月神)が配置されていたのですが、物語の進行上というか筋書きの中で、どうしても「スサノオ」を導入しなければならなかったため、当初の三人の神様のうち、ツクヨミだけは影が薄い存在になってしまった、という訳です。

それはともかく、イザナギから「ウナバラ」(書紀では『根の国』と表現)を治めなさいと言われたスサノオは、命令に従おうとはせず、男のくせに泣いてばかりいます。その泣き方は尋常なものではなく、古事記は『海や河の水は干上がり、山の草木は枯れ、世の中にわざわいが満ち溢れた』と伝えています。

そこでイザナギが『なんで、お前は、そんなに泣いてばかりいるのだ』と訪ねると、スサノオは『無き母の国、根の堅州国に行きたいのだ』と答え、次の物語(アマテラスの岩戸隠れ)へと続いてゆくことになります。この件は、後のオオクニヌシの様々な神話につながる重要な伏線なのですが、大切なことは初めからスサノオはカミサマの主流・本流には位置付けられてはいなかったということです。

カミサマの大暴れと、ヤマタノオロチ退治「神話」の意味

スサノオはアマテラスに別離の挨拶に行こうとするのですが、ここで姉(書紀は『吾弟』と記す)のアマテラスは自国が侵略されるのではないか、と疑い完全武装で出迎えます。その表現は、どう見ても男性−それも武人そのものとしか思えない出で立ちなのですが、つい、物語の作者が現実(神話が書かれた当時)の一場面を挿入したのかも知れません。「異心」は無い、と答えたスサノオとアマテラスは『心の清く明るい』ことを『うけひ』(書紀は直截に「誓約」と書いている)によって確かめようとします。このウケイによって、最初から疑心を抱いていたアマテラスは5人の男子を、武器の十拳剣(とつかつるぎ)を服従のしるしに差し出したスサノオは3人の女子を得ます。

普通なら、というか現代風の感覚で解釈するなら(男尊女卑ではありません)、この勝負−5人も男を得たアマテラスの勝ちだと思うのですが、結論は逆で女の子を得たスサノオの勝利となります。ここで、素直に大人しく引き下がっていれば何の問題も起こらないのですが、それだと次の物語が始まらないわけで、スサノオの大暴れが始まり、最初は負けたから仕方が無いと半ば傍観していたアマテラスも余りの仕業にプッツン、いや、堪忍袋の緒が切れ「天の岩屋戸」に隠れてしまいます。これが有名な(昔は有名だったのです)岩屋戸神話と言われるものです。この神話が日食という自然現象を象徴したものかどうかは分りませんが、作者の意図が「根の国」を支配するカミサマたちと対峙するアマテラスの姿を強調することにあったのは確かなようです。また、この一連の神話の中でスサノオというカミサマには『荒々しい、暴れる、禍をもたらす、光が当らない、追放された』など、負のイメージが強烈に押し付けられ、放浪者となって旅立つことになるのです。

  何かの象徴か?  

八百萬(やおよろず)の神様連合から追放されたスサノオが辿り着いたのは何処か?そう、勘のいい読者なら、すぐにわかりますね。そうです、彼は望みどおりに、と言うか筋書きどおりに「出雲国」の斐伊川上流に着陸しました。古事記の作者達は、ここまでの神様たちと国つくり神話の記述の中で、何度となく『根の国=出雲国=幽界』という図式を読者に定着させようと試みていますが、スサノオの物語、つまりオロチ退治の話を展開するためには、どうしても欠かせない状況設定であったのかも知れません。また、スサノオのというより、その子孫とされるオオクニヌシとの関連付けが相当強く意識されていたとも思われます。

神様界では乱暴者で嫌われ者として扱われていたスサノオが、一旦、人間の住む出雲国に降り立つと、その性格は一変します。外国の英雄伝説によく見られる冒険話の典型で、筋書きは皆さんも知っている通り『娘がヤマタノオロチに食べられてしまう』と泣き悲しんでいる親子に会ったスサノオは大活躍の末、ヤマタノオロチを退治して、その尾の中から大刀を見つけ出します。その大刀が草那芸(くさなぎ)の太刀といわれるものです。ご想像通り、スサノオが助けた家族の娘がクシイナダヒメであり、二人は出雲国の須賀(すが)に宮を造り住んだといわれています。このとき、日本の神様として初めて歌った歌が有名な次の一首なのです。

    八雲たつ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を

すこしばかりお喋りが過ぎましたが、ここまでのお話を整理してみると、

    スサノオはもともと乱暴者で、ワザワイをもたらす存在だとされていた

    しかし、人間界と交わるようになってからは、逆にワザワイを防ぐものとみなされた

    そのスサノオは、出雲の国で自分の宮を建造した

    オオクニヌシはスサノオの子孫である

田舎中学三文オペラ」の主人公が物語りの中で触れていた祇園神社、そして京都の八坂神社の祭神であるスサノオは、以上のような性格を付与されたカミサマなのですが、日本に仏教が伝来し広がってゆく過程の中で神仏習合−分りやすく言えばカミサマとホトケサマの合体−−が徐々に起こります。この辺りの事情は大変複雑で難しい問題なので、さらりと流して。

つまり仏教世界で祇園精舎の守護神として知られていた『牛頭天王』(神仏習合はインドが元祖なのかも)が、割と早い時期から日本でも崇拝の対象となり、その勇猛な姿は日本神話の大立者スサノオを彷彿させ、貴族など上流階級を中心に、習合が急速に進められた結果、二人のカミサマは一体のものとして考えられるようになったと思われるのです。長い話になりましたが、つまり、そういうことなのです。

祇園さんの祭神がスサノオノミコトであり、その性格から祇園精舎の守護神・牛頭天王と同一視されるようになった。祇園さんイコール「天王さん」である。だから、祇園神社の周辺には「天王」という地名がついていることが多い。

やっとこさ、説明がつきましたね。

もう少し想像を逞しくすれば、祇園さんの近くを流れる川も、その曲がりくねった有様からヤマタノオロチに見えてきませんか?

そして、祇園祭の丁度中日にあたる7月16日に八坂神社で奉納される演目が『石見神楽』(一番の出し物がスサノオのオロチ退治です)であることが、なにかを象徴していると思いませんか?

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