ダダさんの正しい?出雲弁講座 や行の巻                    「サイトの歩き方」も参照してください

このシリーズが中断してから、もうどの位の月日が流れたのか−−、思い出せません。今回も「や行」を思いついたのは全くの偶然で、サイトの本編で新たに「前方後円墳」を取り上げることになり、古墳の長さ(基本となる単位)をどのようにして測っていたのかと考えていた時、ふいに「よりない」という出雲方言が脳裏に甦ったのです。「よりない」とは何か?知っている方は、もう余りいないでしょうねぇ。

昔、といっても昭和の中ごろ、30年代〜40年代のお話です。当時は未だコンバイン、稲刈機などの農業機械が十分に普及していませんでしたから、刈り取った稲の結束には「稲わら」を撚りあわせた縄状のモノを使用していました(下・中の画像を参照)。農家は皆、前の年に収穫を終えた稲わらを納屋などに適量保管しておき、冬場、農作業などの合間を見て次の収穫用の結束縄を自分たちでこしらえたものでした。その作業を「よりない」と呼んでいたのは祖母たちなのですが、恐らく「より」は「撚る」の意味であって、標準語の「こより」の「より」と同じ言葉だと思います。後の「ない」ですが、縄を「なう」という言葉がありますから、こちらも同様に「撚り合せる」意味が考えられます。若しかすると「より」自体が固有の言葉である可能性もあるのかも知れませんが、調べきれませんでした。では、今回取り上げてみたい言葉を下の表で示します。(頭に「ゆ」の着く言葉がないものかと色々考え、WEBで検索もしてみたのですが、これといった単語がありません。若し、ご存知の方があれば教えてください。ただ「よ」の段に入れている『よんべけ』の「よんべ」は、厳密には「ゆうべ」の訛り形ですから、これは「よ」の所に置くべきかも知れません。稲わらを田んぼで保管する時は、下・右画像のように円錐形に積み上げます。これが猪の巣に似ている?事から猪巣と呼ばれますが、今回、稲わらなどの画像を提供して頂いた『てつがく村』の世話役てつ人さんによれば、広島地方では「わらぐろ」と言うそうです。因みに四国でも同様の呼び名でした)

稲わら  束ねた稲  猪巣(わらぐろ)

 やれはい   やまかわ   やくでもね     
 ゆ        
 よんべけ  よろこび  よばれる よめご   よもよもだらぞ 

  本家の何々さんに、よめごさんの来られて、よろこびにいきて、あんましたいそよばれたけん、今日は、よんべけなわ。

  そらほどに、よばれーけん、煙草入れがどこだいいきて、見えんやになーわね。よもよもだらぞ

イメージは伝わりましたか?ご主人の本家の跡取りにお嫁さんが来ました。お父さんは早速「喜び」の挨拶に行ったのですが、本家の歓待を受けて御馳走をたらふく、お酒も沢山いただきました。だから「よんべけ」昨夜の疲れが未だ残っているのです。つまり、二日酔いですね。覚束ない足取りで、家まで何とか辿りつきはしたものの、お父さん、自分の煙草入れをどこに置いたのか記憶が定かではありません。そんな様子を横から見ていたお母さんが「まぁ、あきれたものだ」(よもよもだらぞ)と非難しているという場面です。どこにでも在りそうな風景ですね。

  みんなして心配しとおに、あげな、やまかわでは、だれんだい付いてこーせんわ。

  ほんに、やくでもね。みなが、せっかくてごしてごす言っとおに、いらんいうだけんのぉ。どげしゃもねわ。

  また、なんぞあっても、みな勤めがあーけん、やれはやに集まれせんぞ。

少し難解ですかね。この「やまかわ」は合言葉の「山と川」に因んだのかどうか知りませんが「山と言えば川と答える」で「天邪鬼」といった意味合いで使われます。例文では、何かで困っている友人・知り合いを何とかして助けてやろうと友達が集まり、助力を申し出たところ、当の本人が『そんな助けなど要らない』と言ったものですから「やくでもね=無駄」事ばかり言う天邪鬼な奴だ、折角、みんなが「てご=手助け」してやろうと申し出ているのに、そんな助力は無用だと言うのだから、もう「どうすることも出来ない」と嘆いている訳です。皆、それぞれに勤めがあるのだから、この次は急に言われても、そうそう速く集まることは難しいのは当たり前ですね。独身のうちは何やかやと名目をつけて集まる遊び仲間も、それぞれが家庭を持ち子供が産まれると疎遠になりがちです。『こなやつ、どげしとおだらか?』(あいつたち、今頃、どうしているのかなぁ、元気でいるかなぁ)大きな夕陽を見た折、そんな呟きがどこかから聞こえてきそうです。

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