サノが見た初夢 小説神武東征」の真実を探る?                                                    「サイトの歩き方」も参照してください。

ワタシは母が付けてくれたという自分の名前が、どうしても好きになれない。他にも色々と相応しい名前があったろうに、選りによって「サノ」とは情けない。父の子供、男の子なのだから、いくらでも付けようがあったはずだ…、幼い頃は何とも思わなかったが、兄たちから色々な話を聞くたびにワタシの気持ちは落ち込んだものだ。

 国引きましし八束水臣津野命、詔りたまいしく『八雲立つ出雲の国は狭布(サノ)の稚国なるかも。初国小さく作らせり。故、作り縫わな』  出雲風土記・意宇郡 

父は余り欲の無い人だ。父の兄弟親戚たちの中には欲深い人たちも居て、その縁者の中には碌な食べ物も与えてもらえず、館の離れと云えば聞こえは良いが、有り体に言えば農具作物置き場の掘っ立て小屋に番人の役を兼ねて寝起きさせられ、飢えと寒さがつのりいつの間にか逃散して姿を消した者も一人や二人ではなかったりもするのだが、ワタシの父には、人をその様に扱う処も無い。地区の住人たちにとっては宝物にも等しい鉄の鋤(スキ)や鉄の鍬(クワ)も、人々が『貸して欲しい』と願い出れば、干したイネ五十束でいつでも貸してやるし、若し、その秋の取れ高が少なければ、

  『あぁ、そうか、それなら約束の半分で良い』『今、手持ちのイネが無いのなら、来年でも良い』『イネが無ければイモでも良い』

などと言っているし、何年か前の秋には夏の大風と大雨で邑全体の取れ高が極めて良くなかったので『鋤鍬の賃料は要らない』と皆の前で言いだし、家族の者たちを驚かせたものだった。父の父は、己の一族全員と近在の者すべてを厳しく指導して、農作の合間を見ては毎年のようにイネやイモの耕作地を増やすと同時に、鉄の農具の利点を余すところなく活用して山際の荒地にも農耕用の水路を引き、田畑を限りなく広げる事に心血を注いだらしいが、ワタシの父は、領地の拡大にも余り乗り気ではない。父の許には、いつも近隣の邑邑から、また遠く山並みを超えた邑邑からも「協力」や「助成」を求める使者が訪れ、時には弓矢の提供を含めたツワモノの動員を促される場面も決して少なくは無いのだが、そんな折でも父は穏やかな表情を崩したりする訳でもなく、彼らの話を要請を分け隔てなく淡々と聞き、同席を許された年長の兄弟たちの話では、銅・鉄の鏃(ヤジリ)や弓矢については相手次第によっては提供することも間々あるが、耕作地や土地にからんだ戦いに直接加担することは一切無いとのことだった。

唐古遺跡  線刻画 

父たち一族が支配している山々の尾根に続く山道は幾本かあり、それぞれの谷合には大小の川筋が幾つも通り、飲み水や耕作用水として人々が利用しているのだが、そのうちの集落からは最も離れた位置にある細道から数十歩ほど奥まった処に立つ二抱えほどもある朽ちた大木の洞に、いつの頃からか一人のよそ者が住み始めた。ワタシの母を始め、集落の女たちは皆一様に奇妙な風体を怖がり、即刻、父に追い払うよう求めたが、父が差し向けた世話役の一人に『私は、かつて近在に暮らしていた何々某の縁者である』と身元を明かし『集落には決して立ち入らない』ことも約束したらしく、尚かつ「高齢」でもあったことから、父は老婆が麓の洞に居つくことに目をつむったのだと云う。ワタシは十歳になったばかりだった。邑の大人たちは一様に『気のふれた老婆の話を信用してはいけない』とは言うものの『その人に会ってはいけないと誰も言ってはいない、だから会っても良いはずだ』ワタシは勝手な理屈を思いつき、ある日の午後、怖いもの見たさで麓の小道を飛ぶように駆け登った。

  『お前は邑長の末息子のサノだね、顔付きが良く似ている。…、そう、お前は邑長の父親に良く似ている』

洞の外で木の実の皮をむいていた老婆が、振り向き様いきなりそう話し始めたのでワタシは肝をつぶした。碌に返事もできず道端に突っ立っているワタシを見て彼女が続けた。

  『アタシの話が聞きたいのなら、何か食べる物をもっておいで!』

母親と兄弟たちの目を盗んで、家の中にあった、ありったけの食べ物を両手に抱えて再び洞を訪ねると、老婆は大木の根本に積もった枯草の上に白い布きれを敷き、額の辺りに小さなのような丸い金物を布で縛り付け、手には棒切れのような物を一本握りしめ、目をつむり胡坐をかいて待っていた。

  『お前が聞きたい話が何なのかアタシは知らない。アタシは、これまで見てきた事、そして誰それから聞いた事しか知らない。だからアタシの知っていることだけを話す−−』

その夜、ワタシは夢を見た。生まれてこの方見たこともない深く青い大海が果てしなく広がり、その遥か彼方に陸地らしき島影が仄見えていた。夢から覚めたワタシは、何やら急に胸元がざわめき居てもたってもいられず、母親の制止を振り切り朝飯も食べずに父の館を訪ね、話しに聞き、夢で見た新世界の有様を打ち明けた。一気に話し終えるのを待って父が言った。

  『それで、お前は何がしたいのかな?』
  『ワタシは海の彼方にある東の土地に行き、そこの主となって大きな館を建てたいと思います』
  『それなら、うんと大きな舟が要るな!それも一つや二つでは、とても足りまい。お前はその東の土地へ、たった独りで行くのかな?!』

滅多に笑わない父の目元が綻んでいるように見えた。ワタシは舟の事など思いも及ばなかった。父は一つ一つ具体的に旅に必要な品物と、その量を数え上げてワタシに分かりやすく示してくれた。ワタシは日々の食べ物は勿論、どのようにして旅をするのかも何一つ分かってはいなかったのだ。次第に俯き、涙ぐみ、黙り込んでしまったワタシに父が語りかけた。

  『庶兄や大人たちから、どのような話を聞いているのか知らないが、お前が、この邑の長になれないと言うのは本当だ。』
  『……』
  『だから、と言う訳ではないが、お前の気持ちが分からないでもない。何故なら、私もかつて、お前と同じ思いにかられた事があるからだ』
  『…、東の彼方には本当に土地があるのですね』
  『そのババの話した通り、東には幾つも広い広い土地がある。だが、誰にでもたやすく行ける場所ではない。しかし、辿り着いた者もいる』
  

父は珍しく饒舌だった。どこか遠くを眺めるような表情で一頻り昔話を終えた父がワタシの目を見据えて言った。

  『東を目指すのなら、それなりの拵えをしなければならない。お前はまだまだ若い。拵えのための時間は十分にある』
  『ワタシは何から始めれば良いのでしょう?』
  『しなければならないことは沢山ある。だが、お前が先ずしなければならないのは心を一つに出来る仲間を集めることだ。一人では何も出来はしない』
  『兄庶兄たちと話します。そして母親にも話します。家にいる大人たちにも話しをします』
  『誰よりも、お前が、一番頼りにしている兄たちの考えを聞いてみるのが良いだろう』

部屋を出ようとするワタシの背中に向けて父が問わず語りに口を開いた。

  『お前が十歳になったのならワシは四十歳だ。後、二十年は無理かも知れないが十五年は生きているだろう』
  『…』
  『お前に許された年月は十五年だ。ワシが居なくなれば、この邑もきっと変わるに違いない』

 『 種禾稻・紵麻、蚕桑緝績、出細紵・ケン・綿。其地無牛馬虎豹羊鵲。 兵用矛・楯・木弓。木弓短下長上、竹箭或鉄鏃或骨鏃』魏志倭人伝より
 稲・紵麻を種え、蚕桑緝績し、細紵・ケン・綿を出だす。 牛・馬・虎・豹・羊・鵲なし。 兵は矛・盾・木弓を用う。木弓は下を短く上を長くして竹箭はあるいは鉄鏃、あるいは骨鏃なり 

描かれた舟  鉄斧と鉄鏃  古代の巫女?  PR

それから後、父は人が変わったように頻繁に家を空けるようになった。大抵は従人を数名伴い半月ほどで戻ってくるのだが、春秋の気候が良い時期には一月、年によっては二月帰らないこともあった。父が戻ると一族の者が競うように館を訪れ旅の土産話をせがんだ。父は例によって自ら進んで旅先の話をしたり、旅の目的を明かしたりはしなかったが、ワタシには父の日焼けした顔付きがとても輝いて見えた。彼の体から潮の香が漂っているように思えた。新田の開墾も父の重要な関心事になった。これまで自前の耕作地を持っていなかった子供たちを始め、兄弟姉妹を含め縁者の全てにまでスキ・クワを握らせ農地の造成に励み、少しずつではあるが秋の取れ高が毎年のように増えた。サノの母親は機織りが得意だったが、一族の女性たちには麻、桑の植樹と養蚕が今まで以上に求められた。季節になると集落のあちこちから機を織る調子の良い音が聞こえた。倉の管理は伯父たちが任されているため詳しく中身を窺い知ることは出来なかったが、人の出入りの様子からコメ・イモの食糧を塩や金(カネ)そして朱や玉などと交換しているのではないかと思われた。そんな中、いつものように長い外出から戻った父は見知らぬ二人の男を伴っていた。一族の者が揃った席で父が言った。

  『この二人は鍛冶(カヌチ)の親子だ。当分、ワシの館で寝起きする。新しい鍛冶場を作るので、その場所が決まるまでの間だ。言葉は分かるが、十分には話せない』
  『私たちに何か手伝うことがありますか』
  『鍛冶場を作るのに必要な土があるそうだ。これが、そうだ。このような土を、何処かで見たことがある者はいるか?』
  『…』『…』『見たことがありません』
  『土探しは、この親子にまかせる。小屋作りを手伝ってやれ。それから炭が沢山要るようになる。炭作りの窯も急いで増やせ』

長兄には、もう二人の子供がいる。男と女一人ずつだ。新しい土地への船出を打ち明けた折、彼は随分悩み、応えあぐんでいる様子だったのだが、あくる朝、次兄とも相談した結果だと前置きして、一言ずつ噛みしめるように話し始めた。

  『私たちは、お前のように若くない。それに、父たちを側で見守る者もいなければならない』
  『ワタシの考えは間違っているのでしょうか?』
  『間違っていると言ってはいない。それぞれに考えがあると言っているのだ。お前は、己の夢を果たせば良い』『私は、今の暮らしが好きだ。他所には移りたくないのだ』
  『分かりました。他の庶兄弟たちとも、良く話してみます』

驚いたことに庶兄弟の中に三人も同調してくれる者がいたことだった。皆やんちゃで歳も近い悪戯好きの庶兄たちで『サノが東に行くなら俺たちも一緒に行くぞ』『誰々に話はしたか?あいつは行くのか、行かないのか?どう返事をした?』『オレが居ればサノも大丈夫だ。オレの弓は一番の強弓だからな』−−それからというもの、当分の間、寄ると触ると、皆で見知らぬ土地の品定めに忙しかった。鍛冶場は集落から離れた山間の一番北風が通る谷筋に拵えられ、その谷から流れ出る水路の全てが田畑から遮断され。邑人の全てに、以後、その谷川の水を飲んだり田畑に撒くことが禁じられた。これまで、その谷筋の麓で暮らしていた者の中から不満も出されたが、新しい水路を別の谷川から導くことになり、その仕事の監督はサノ兄弟に任された。一冬かけて鍛冶場と用水路が完成すると、父は邑の住人すべてに『クロガネ、アカガネを問わず、すべて館に納めるよう。古い物、錆びた物でもかまわない』と命じた。勿論、邑の警護に必要な最低限の鏃、刀などの武具や祭祀用の鏡、鐘などは例外として認められたが、その他の金物は一切合財が父の手元に集められた。

一族の主だった者と鍛冶親子を前にして父は隣の部屋から薄汚れた重そうな麻袋を持ち出すと、大事そうに幾つかの道具を取りだし、良く見えるよう皆の前に並べて置いた。其のうちの一つは鍬のようにも見えたが、形状も鉄の厚みも異なっており、何より一方の縁が極端に尖って光り、武器ではないかと思わせる雰囲気が十分にあった。だから、父が、それを初めに取り出した時、一同の中には思わず低いどよめきに似た声を漏らす者もいた。

  『戦いに使う物に見えるかも知れないが、これはマサカリという道具で、大きな木を切り倒す時に使うものだ。勿論、木を刳り抜く時にもとても便利だと思う』
  『これを一つ作るだけでも多くの鉄塊が要りますね』
  『だから、邑の全てのカネを集めさせたのだ』『次の、これは銛(モリ)と言って海人が、大海で魚を突いて取るための道具だ』『この糸のような物は、魚を釣るためのハリだ』
  『大きな木は何に使うためのものでしょうか?』
  『ワシは何度か旅に出て、海人の長たちとも知り合いになった。彼らにとって舟は宝物なのだ。ところが海添いの土地には良い木が少ない』
  『この邑でも大きな木ともなると、かなり山深くに入らないと見つけられません』
  『そうだ、だからワシは海人に木や漁の道具を与えて、海人の仲間を作ろうと考えた。そうすれば塩が何時でも手に入る』
  『塩があれば、色々な物と取り換えることも出来ますね』『塩は何にでも取り換えられるさ』『‥海人たちは遠くへ行く潮の道を良く知っている』
  『彼らは、遠くのいたる所に仲間がいるのだ。その海人たちと仲良くすることは皆にとっても決して悪いことではない』

邑の住民たちの間に、父が戦いの備えを始めたのではないかとの噂が流れていることを承知した上での発言だった。父は、これらの品々で周辺の海人たちとの「交流」を深め、邑がこれまでより以上に豊かになるように考えている。鍛冶を呼び寄せたのも、その技術を邑の若者にも学ばせたいからだと言った。鍛冶の親子は鉞を手に取り、ワタシには分からない言葉で熱心に話し合っていた。常に父の館の裏にある小屋で寝起きし、父の外出にも必ず同行する大男を、ワタシたち兄弟たちは畏敬の念も含めて『オサカゲ』の渾名で呼んでいたが、その彼が姿を見せなくなったのも丁度この頃だったように思うが、二度目の冬が過ぎて鍛冶場が活気を帯びるようになった頃、彼の小屋から湯煙が立っているのが見え、近づいてみると中から彼の低い話し声が聞こえた。中には意外な先客が二人も居た。東行を約束してくれた庶兄のミケと、鍛冶の息子の笑顔がワタシを出迎えた。

  『やぁ、サノワカ、久しぶりだな、元気か』
  『元気さ。前より、うんと元気だ』
  『そのようだな、そう見える。それに、体、大きくなった。もうすぐ、このミケワカと背が同じになる』
  『鍛冶の息子と知り合いなのか?』
  『ああ、サノワカは知らないのだが、ワレと鍛冶は同じ一族の者だ』

ミケの説明によると、オサカゲことテツたちの生まれ育った邑は、当地から北の方角に何日も進み海沿いの浜に出て、そこから更に島伝いに大海を渡りきった陸地の奥にあり、その地では鉄(クロガネ)が豊富に採れるため鍛冶が大いに持て囃されているのだという。テツが父の許で暮らすようになったのは、乗り込んでいた丸木舟が沖合で横転沈没し、遭難したところを偶然海に出ていた父たち一族の者が助け上げ、一人で浜辺に捨て置く訳にも行かず邑に連れてきたためで、それはワタシが生まれる前の出来事だったらしい。今回、鍛冶師の親子が此の邑にやってきたのも、どうやら父がテツに橋渡し役を頼んでいたらしい。物知りのババも、いつの間にか洞の棲家から姿を消した。その事を父に伝えると、

  『あのような人は、自分で己の死期を心得ているものだ。だから、他人の目に己の最期の姿を見せないよう、何処かに隠れたのだろう』

と教えてくれた。その、ババの話を洞の前で聞いてから五度目の冬が過ぎて、小川の水も少しだけ温み、川面から雑魚やエビたちの蠢きが感じられるようになった頃、父から呼び出され館に出向くと、既に庶兄二人が着座してワタシが来るのを待っていてくれた。

  『お前たち三人も、大人になる時期がやってきた。次の旅からワシの従者となってもらうことにする。』

其国本亦以男子為王、住七八十年、倭国乱、相攻伐歴年、乃共立一女子為王、名曰卑彌呼。 事鬼道、能惑衆『魏志倭人伝』より桓 霊間、倭国大乱、更相攻伐、歴年無主。有一女子名曰卑彌呼。年長不嫁、事鬼神道、能以妖惑衆、於是共立為王『後漢書』より漢霊帝光和中(178〜184)倭国乱、相攻伐歴年。乃共立一女子卑彌呼為王、卑彌呼無夫壻、挾鬼道、能惑衆。      『梁書』より

収穫の秋が訪れる度に父そしてワタシたちの作物小屋は目に見えて豊かになり、鍛冶親子が冬場の北風で鍛え上げた鍬と鋤もその数を年ごとに増してきた。勿論、例のマサカリも大いに威力を発揮して大木の切り出しに掛かる日にちは以前と比べ格段に短くなったし、舟の長さに合わせて切り揃えた木々は邑外れを流れ下る大川の津で筏に組み、夏の長雨で水量が増えた時期を見計らい、海まで運び出しては海人に引き渡すのが恒例となった。さぁ、いよいよ待ちに待った船出の日だ。

  『母さん、そんなに悲しむことはありません。サノは、必ず戻ってきます。お土産を一杯かかえて−』

泣くまいと、目を合わせない母親に、ワタシは生まれて初めて嘘をついた。もう、二度と、この邑に帰ってくる気持ちは無かった。    (終わり)

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