小説「阿国かぶき」が誕生した日雑賀孫一異聞)             サイトの歩き方」も参照してください

『国許を出てから、もう幾十日が過ぎたのだろう』初めのうち十日ばかりは指折り数えて覚えていたが、そのうち面倒になり、数える事も止めてしまった。春先に出発したのだから、二月はとおに経っているに違いない。何気なく見つめた自分の小さな足先が土ぼこりと泥にまみれて黒ずんでいることに気が着いたクニは、少し情けない気持ちになった。皆と走り回った故里の様子を思い出した。空に浮んだ白い雲が母親の顔に見えた。

 阿国も踊ったとされる春日大社  念仏踊り

天正十年六月二日午前、目指す奈良の春日大社に到着した旅芸人一座の十余人は、一塊になり社務所前で立ちつくしている。前もって、境内で勧進の舞踊りを奉納させて頂きたい、というお願いは早くに書状で届けてもらっていたが、座頭は予め用意しておいた手土産を持参して、改めて興行の挨拶をするために皆を待たせているのである。クニと、まだ八歳になったばかりのキクの二人が、痺れをきらしそうになった頃、社務所の扉がようやく開き、神官らしい小柄な人物が彼等の前に姿を見せた。

    「おはようございます。私どもは、雲州は出雲の大社様ご本殿修復の勧進をおおせつかり、諸国を旅しておる者どもでございます。本日は、ここ春日大社さまの、ご境内を拝借さ   せていただき、勧進の舞を奉納させていただきたく、只今ご挨拶に参上いたしました。なにとぞ、お聞き届けくださいますよう、お願い申し上げます」

    「おお、そのことなら承知しておる。お構いなしということじゃ、主だった里人にも触れは出しておいた」

    「それはそれは、お気遣い誠に有難う御座います。きっと、しっかり舞踊らせていただきます。これは、詰まらない物では御座いますが、皆様のお口汚しにでもなりますれば」

    「たいそう楽しみじゃのう」

若宮と呼ばれる美しい建物の前庭に荷物をまとめた一座は念入りに興行の支度を整え、少し早めの昼食を取ろうとしていた。いつもの固い麦の握り飯に数切れの漬物という献立の貧弱さに慣れはしたものの、里恋しさの余り、溜め息をつこうとしていたクニの視線に、異様な光景が飛び込んできた。大鳥居から続く一本道の参道の向こうから、数人の男たちが歩いてくる。中の一人が幟のようなものを持っているのが珍しかったが、男たちの中で一番背の高い大男の出で立ちはもっと珍しかった。

孫一との出会い  

大男は深紅の陣羽織に眼の覚める様な萌黄色の袴を身につけ、その腰には身体に合わせた竹ざおのように長い刀を差している。衣服は全て絹ずくめ、黒々とした髪は総髪にして後で無造作に束ねているが、その髻を結わえた紐が、これまた深紅の眞田編の帯締めのようだった。クニは京の都も旅で訪れ、その賑わいぶり、人々の艶やかな衣装もたびたび目にして、とても羨ましく思ったこともあったのだが、之ほどの拵えをした風変わりなお武家さまは、ついぞ見かけたことはなかった。余りにも彼女がまじまじと武士の一行を凝視していることに気付いた座頭がたしなめようと身を乗り出した時、その大男がクニの横にでんと座り込んだ。頭の女が、今、沸かしたての白湯を手盆に載せ、あわてて差し出すと、男は一息で呑み干し『もう一杯』と野太い声で言った。

男たちは総勢五名、幟のように見えていたモノは幡指物で、長さは一間余り。持たされている若者は何となく横顔が大男の人相に似ている。クニと目を合わせるのが気恥かしいのか、あらぬ方向に顔をそむけている。その幡、布地がなんと金銀をあしらった帯地のように輝いて見えた。その真ん中辺りに下手くそな字で『天下一』と大書してあり、幡の一番上には、三本足のカラスが踊っている。残りの三人は、何やら重そうな菰包みを肩からぶら下げ、歩いて来たときには大男の前後横に並んでいたのだが、彼が座り込むと同時に別々の方向に離れて散らばり、肩から包みを下ろし、片膝を着いた変な格好で周囲の建物を見るとも無く見回している。お武家さまに限らず『人様には、お前の方から先にモノを言ってはいけない。特に身分の高いお方の顔は見ないようにして、決して話しかけてはいけない』と云う頭の教えを守り、じっと我慢しているクニの心を見透かしたように、大男が太い、良く通る声で話し始めた。

    「お前たちは、ここで何をしているのだ。見たところ芸の一座のようじゃが」

    「わたくしどもは出雲の大社さま勧進の一行でございます」

    「ほー、出雲の大社さまのなぁ。雲州とは、また、はるばるときたものだ」

    「お武家さまは出雲の地をご存知でいらっしゃいますか?」

    「なに、旅した者に聞いたことがあるだけじゃ。ところで、何を見せるのかな、ここで」

    「わたくしと、これが踊りを奉納いたします」

クニが、そう答えると彼は、感心したように大きく頭を振り、節くれだった太い指でクニの手から握り飯を取り上げ、さも美味そうに一口で食べてしまった。驚いたクニが、もう一つ握り飯を差し出すと男はゆっくり肯いて麦飯を食べ『白湯』と言って茶碗をクニに渡した。長い刀を腰から外した大男は、愛嬌のある大きな目でクニの顔を、そして足元を見つめた。クニは難しい漢字が読めない。幡に書いてある「一」だけは知っていたが、その上の二つの文字の意味がどうしても知りたかった。何故か分からないが、自分にとっても大切な言葉のように思えた。頭と女の二人は、クニが何か粗相でもしでかすのでは、と気が気ではなかったのだが、大男には話し掛ければ応えてくれそうな、何処と無く出雲の片田舎でクニの帰りを待ってくれている父親のような温かみさえ感じられた。

    「名はなんという?年は幾つになる?」

    「クニと申します。今年で十一になります」

    「十一か、若いのお」

    「お武家さま、ひとつ、お伺いしてもよろしゅうございますか」

    「なんだ、難しいことは、わしに聞いてもわからんぞ」

    「あの、お若いお武家さまが持っておられる幡には、一体、なんと書いてあるのでございましょう」

    「あぁ、あれか、あれには、その、天下…いや、日の本一と書いてある」

    「まぁ、お武家さまは、日の本一なのですね」

    「うーむ、まぁ、そうだ」

    「…わたくしも日の本一になりたい」

真剣な眼差しで、じっと顔を見つめるクニを男も優しさを湛えた大きな瞳で見返した。細く切れ上がった眼、角張った輪郭、浅黒い肌は、とても美形とは云い難い。そのことはクニ自身が一番よく知っている。最近、富に思うのだが、頭の娘・キクは器量よしで色白だ、だから投げ銭も、此の頃は彼女の足元に飛んでくることが多くなっていた。クニは自分が踊りでは決してキクに負けてはいないと思っていたが、やはり、悔しかった。

    「…お前は、その年頃の娘にしては良い形とは言えないが…、とても力強い形の足をしておる。だから、一所懸命に精進すれば踊りで名を上げることもできるだろう。ただし、今様の巫女踊りではいかん。もっと工夫が必要だな」

    「わたくしには難しいことは分かりません。踊りに、どのような工夫をすればよいのか…」

    「わしにも、それは分からん。だが、この乱世が、いついつまでも続くわけではない。お前たちも、今のように一生涯、勧進の旅を続けてゆく訳でもあるまい」

    「わたくしが大人になれば分かるようになるでしょうか?」

    「うーむ、大人になれば、分かることもある。ところで、お前は、いつも誰のために踊るのだ」

    「誰のため、とおっしゃるのですか。それは……ご神前であっても、そうではなくても、いつも大社の大神様の御前で踊るのと同じ心構えで躍っております」   

    「そうだな。その心構えは大切なことだ。だが、お前が踊る処にはいつも里の人々、町の人々も集ってくるだろう」

    「はい、今日も、きっと大勢の方たちがお集まりのことでしょう」

    「大社の大神様を思う、お前の清い心構えはとても大切なことだが、折角、お前の踊りを楽しみに集る者たちのことも、少し考えてみても良いのではないのかな」

生臭坊主の禅問答のような彼の話す言葉の大半は、幼いクニには何のことか見当もつかなかったが、自分の汚れた足を「力強い」と誉めてくれたことがクニにはとても嬉しかった。旅から旅へ、津々浦々を巡ってきたが、舞や踊り以外のことで自分の事を誉めてくれたのは、この大男が初めてだった。『わたしの踊りを楽しみに集る人々がいる』そんな風に考えてみたことは、かつて無かった。男の言葉がクニの心の中で幾たびも木霊していた。話しに夢中になっていたクニは全く気付かなかったが、何時の間にか一座の周りには十数名の屈強な男たちが幾重にも輪のように集まり、皆、それぞれ違う方角を向き、まるで物見するように厳しい表情で彼方を凝視している。幡を持たされていた若者も居ない。

  出雲大社   芝居小屋  織田信長  

若宮の裏手から音も無く現れた赤ら顔の男が、大男の前で膝を着き、二言三言、何事か耳打ちをした。見る見る、彼の表情が曇り、険しい仁王像のような形相になり、クニは驚き、少し怖くなったが、直に男は柔和な顔付きを取り戻し、自分を納得させるように『うむ、そうか』と一言吐き出すと、頭に向かって短く礼を述べ、立ち上がり、袴の裾辺りを掃いながら笑顔でクニに話しかけた。

    「さて、もう、お別れじゃ」

    「お名残おしゅうございます」

    「名残おしいのお、……実はな、わしも、若い頃、踊ったことがある」

    「えっ、お武家さまが、舞ではなく踊りを!」

    「うむ、お前の踊りにはとてもかなわぬがな」

幡指物をなびかせ、息を切らせて戻ってきた若者の顔がとても緊張していることはクニにも感じ取れた。自分たちの周りの空気が少し薄くなったような気がした。舞台で舞い踊る時に感じる雰囲気とは異なる、張り詰めた人人の重々しい気配が膚で感じられた。息苦しくなったクニが再び声を上げようとした時、大男は自慢の長い刀を両手で頭の上に持ち上げると、慣れた仕草で腰をひょいと落とし、ほろ酔い加減の仙人が綿雲の絨毯を踏みわたるように、歩みを覚えたばかりの幼子が母の胸元目掛けて倒れこむように、ゆらりゆらりと揺れながら、何処かで聞いた覚えのある、旅商いの物売りの口上のような抑揚で、初めて耳にする歌を歌いながら踊り始め、クニにくるりと背を向け、さっき来たばかりの道を戻り始めた。

    「紀州熊野は良い処、紀州雑賀は良い処、雑賀孫一良い男、日の本一の良い男……雲州大社は良い処…」

付き従う若者の顔がみるみる明るくなり、無言のまま踊る男を取り巻く様に歩み出した男たちの口元も一瞬ゆるんで、皆一様に眼差だけでクニに別れを告げた。歌い踊る大男たちは次第に遠ざかり、男の歌声も掻き消えた。何時までも背伸びしながら立ち尽くすクニの袖を、盛んにキクが引っぱり『あれ、あれ』と言う。つい今しがたまで大男が座っていたところに、紫紺の小さな布袋がポツリと置いてある。小包みをクニが慌てて広げると、今まで一度も眼にしたこともない黄金色の小さな重い塊りが姿を現わし、天空高くに登りつめた陽をまともに浴びて、眩しく光り輝いた。上気したクニを後押しするように一陣の熱く湿った風が通り抜けた。目を閉じたクニは胸いっぱいに空気を吸い込みながら、大社・稲佐の浜を、浜の磯の香りを思い出していた。

天正十年(1582)六月一日、一万数千の軍勢を従えた明智光秀(あけち・みつひで)は亀山城を出陣、沓掛から桂川に出た軍勢は、翌二日、京都の本能寺を急襲、織田信長(おだ・のぶなが)の「天下布武」の夢を打ち砕いた。歴史に残された資料によると紀州雑賀党の盟主・雑賀孫一(さいか・まごいち,1534?〜1589?)が岸和田城に退去したのは、小説の舞台から一日経った、六月三日のことである。

京の都・四条河原に小屋をかけた出雲阿国が「かぶき踊り」を演じ、やんやの喝采を浴びたのは、二十一年後の慶長八年のことでした。

       

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