カメラアイ・今時の一枚No.10 ・法隆寺          サイトの歩き方」も参照してください。

物心ついてから中学校へ上がるまで、山々に囲まれた川沿いの小さな家で暮らしていたので、山を侮る気持ちなど更々なかったのですが……、直行するバスの便がなく、途中の「車庫前」で目的地へのバスに「乗り換え」なければならない、という案内文を見たとき、一抹の不安が脳裏をよぎったことも事実でした。(2006.08.28)

それはともかく滋賀県神崎郡のドンつきに、その集落があり、お目当ての神社があるのです。その場所の「素晴らしさ」を、オノコロシリーズのファン?の方々に是非ともお伝えしたいのですが…、語彙の貧弱な管理人には最適な言葉が思い浮かびません。そこで、厳粛な事実を二つ三つ記して、画像紹介に移りたいと存じます。(市町村合併により、今は違う自治体名になっているのですが、昔の呼称をそのままにしています)

  1 乗り換えの中継点である所から出ている直行バスは、午前中に一便だけである。

  2 その集落には自動販売機が一台も設置されていない。そもそも「店」は一軒もない。

  3 カメラを構えると、トンボの方から近寄ってくる。

ここは木地師の里なのです。 展示館(無人です)

上の画像では道幅も結構広く見えますが、集落に至る最後の数百メートルは、この半分ほどもない位の狭さで、冬場に雪が積もると麓まで降りるのにも大変苦労すると木地師の小椋さんが話してくれました。でも、晩夏の今、標高差が街中とでは500メートル近くある君ケ畑を通り抜ける風は本当に爽やかなのです。そもそも今回、この地を訪ねたのは次作の主人公・惟喬親王(これたかしんのう)を祀るお社(下の画像)があるからです。

 

社殿の前に設えてある能舞台では、現在でも春秋などの例祭の折、能が奉納されるのだそうですが、日暮れ時、この場に居合わせたなら、幽玄の美を知らない俗人の眼にも、千年を超えて伝わるなにものかの片鱗が、若しかしたら仄観えるのではないか、そんな期待すらもたせてくれます。小橋の手前に小さめの手洗い場があり、山の水が、命の水が滾々と湧き出で、その水を得たシダ類の葉が緑を競い合っていました。

湧水  一面に広がるシダ  惟喬さんの像

君ケ畑の集落を包み込むように流れているのが御池川、そこ等じゅうに転がる巨石が源流の近さを教えてくれます。冒頭にも述べましたが、人間を怖がらないと云うか、人間より圧倒的に多く棲んでいるであろうトンボたちが水辺に集まり、命の引継ぎに勤しんでいました。カメラを構える腕に何匹ものトンボが舞い降りそうになります。釣りの好きな方には絶好のポイントなのかも知れません。トカゲやバッタたちも当然のように闊歩しておりました。

一抱え以上もある石榑  清流そのもの  主役の一人

里を流れている時間が麓の町のそれと違っているはずもないのですが、季節は明らかに早く過ぎて秋の気配が濃厚でした。名も知らぬ草花に混じりコスモスが咲いています。そろそろ帰りのバスが来る時刻です。小旅行も終点です。(下の画像は小椋昭二さんの工房と近江鉄道のワンマンカー)

仕事場  近江鉄道

確か、去年も訪れたのですが、斑鳩の里へ今年もやってきました。古い町並みなら近場に京都もあるのですが、どうしても足が奈良を向いてしまうのは何故なのだろう?若い頃の、写真に興味を持ち始めた頃の思い入れが頭の中で作用しているのかも知れません。この日は小雨模様にもかかわらず「秘宝展」が開催されていたこともあって、観光客や修学旅行と思しき生徒たちの姿が多く見受けられました。(2006.9.12)

  良い、お庭です。 

五重塔など主要な建物の補修作業が進められており、建物の一部分だけが防腐剤?のようなもので上塗りされているため、妙に、その部分だけが浮き上がり、いつもの法隆寺らしさが感じられません。

   仁王様の後姿

回廊の手前にある小さな池ではハスが満開、大きな鯉が悠然と泳ぎまわります。

ハス池   金色の鯉

「何々院」の表札が上がった小さな庵が法隆寺を取り囲むように立ち並びます。瓦にも色々な種類があるようで、その気になって見てみると結構面白いものです。大きな栗の木がありました。このお寺の人々も、ほくほくの栗ご飯を頂くのでしょうね。

   

     
     
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