カメラ・アイ、今時の一枚 N0.9

ここ暫く、関心が外界に向いていなかったこともあって画像とは縁がなかったのですが、身辺が一変し、時間だけは人様よりうんと贅沢に使えるようになりましたので、今後、季節の節目には、眼にとまった風物をご紹介して行こうと思います。と、云う事で、早速、近くの里山を歩き回ったのですが、昨今の宅地開発で山の半分近くが造成工事で様変わり、竹林も、その殆どが姿をけしてしまいました。ぽつんと独り顔を出していたタケノコ。

やっと見つけた竹の「子」。 これは、イタドリ。

サヤエンドウの花。豆も実っていました。

何と云う木なのか、名前が…? 薄っすら色付いたユスラウメ。

フジの季節になりました。夏間近なのですね。

膨らんだ梅の実の隣には、可憐な桃の実もあったのですが、なかなか絵になりませんでした。梅雨が明けた頃に、また訪れてみることにします。2006.5.2。

身辺がごたごたしていた事もあって、毎年訪れて鑑賞していた神社のフジが、今年はもう散ってしまい、対面がかないませんでした。樹木の緑がとても力強く、植物が持っている根源的な命の証をみたような気がしました。鈴なりのサクランボ、食べられれば良いのですが、それは無理…。でも、美味しそうに色づいていました。2006.05.15。

サクランボです。

毎年のように訪れても、何故かタイミングが合わず、みることの無かったヤマモモの花を見るために、小さな里山に行ってみたのですが、花の時期は過ぎて、小さな蕾?が小枝に密集していました。と云うことは、今年ヤマモモは豊作なのかも知れません。2006.05.19。

豊作の予感?ヤマモモ

いかにも「桃」らしく色づきました。

真夏を思わせる日差し。近所の川岸を歩いていると一羽の白サギ(ひょっとしたら五位サギ)、岸の一番端っこに居て、何やら魚を探しているような風情。そろりそろりと踏み出す足元の動きをは微妙で、面白いものでした。2006.05.22。

どちらも「白さ」がとても印象的です。

田植えの準備がすすみます。 赤が鮮やか。

鋭角な花ですね。 夏は、そこまで来ています。

住宅地の一角が「家庭」菜園?のようになっており、いろいろな花木が植えてありました。その中で、一際目立ったのがイチジクの若木。熟せば、きっと美味しいことでしょう。

直系が約7センチほどもありました。

梅雨の季節が終わる頃、小学校時代を過ごした町では祇園神社の夏祭りが行われ、表裏の参道沿いには沢山の露店が出て賑わったものでした。子供に人気があったのは射的、あてモノ、パチンコ、花火などと並びカブトムシ・クワガタを大きな木箱に入れた虫屋台。夜、裸電球の光の中で動き回る虫たちの姿は、正に夏の命そのものだったように思います。我がカブトムシ一族の十二代目が、先ほど確認されました。去年は一度に数匹生まれていたようだったのですが、今年は彼一人。2006.7.4。

元気そうに動き回っています。

梅雨明けも間近に迫り、暑い暑い日々が続いています。毎朝とは行きませんが散歩の途中見かけた花などを紹介してみましょう。これまで気づくこともなかった、いろいろな「モノ」が見えてくることもあります。人間の(つまり管理人の)眼は、ちゃんと見ているようで実は何も見ていないのかも知れません。2006.7.12。

今日から、本格的?な失業者生活が始まりました。まだ勤めていた頃に、よくお昼を食べた町中の商店街にある食堂に寄ってみたくなり、雨の中行ってきました。食堂といってもオヤジがにぎる寿司と、関西風のうどんが売りの小さな店で、今日食べたのもキツネうどんと巻き寿司でした。天然記念物とまでは行きませんが、市指定の重要文化財まで、あと数歩という机と小さめの椅子。床が長い年月の間に訪れた数え切れない客の履物で抉られ、微妙に傾いているのもご愛嬌。そして、この小さな薬缶に入れられたお茶が、先ず、お客様を出迎えてくれるのです。あー、美味しかった。2006.07.18。

この凹凸が歴史を物語ります。

これは蝋梅の実です。

暑くて外に出る気にならない今日この頃ですが、次に書く予定の人物と縁のある人の「墓」だと言い伝えられている場所が近くにあることが分かり、朝の涼しいうちにと思い立ち、出かけてきました。次回のオノコロ・シリーズは写楽に関連した江戸末期の人々を取り上げるつもりなのですが、どうも、その内の一人のご先祖が、この辺りに住んでいたらしいのです。

能因法師の墓だとされる塚

その能因さんが、そもそも何故、この地に来たのかというと、三十六歌仙の一人で情熱的歌人の伊勢に憧れたからではないか、と言い伝えられているのだとか…、確かに、すぐ近くに伊勢寺もありました。

伊勢は三十六歌仙の一人、女流歌人です

お寺の庭は、よく手入れも行き届き、朝早くから訪れる人もなく、静かなたたずまいが好ましく感じられました。その庭は、決して広いものではなく、むしろこじんまりした物なのですが、隅に置かれたひとつの鉢で、見事なハスが咲き誇っていました。2006.08.04。

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