じゃんけんの「けん(拳)」について考える                                          「サイトの歩き方」も参照してください。

子供の頃、遊びは大切な日常の一部分だったはずですが、何をして遊ぶ時でも「じゃんけん」は欠かせない約束事の一つでした。鬼ごっこのオニを決める時は勿論のこと、べったん(メンコ)やビーだん(ビー玉)で遊ぶ折に誰が一番先に攻めるのか、その順番を決めなければなりません。また、将棋や双六そしてカルタ遊びなどの先攻め・後攻めを決めるのも、すべて「し゜ゃんけん」の結果が尊重されたものでした。外国にも先攻後攻を決める方法として「コイン・トス」があるのは良く知られていますが、それには必ずコインという物(道具)が必要とされますが、じゃんけんは人の拳(指)があれば直ぐに勝ち負けの判定が出来ます。そして、何よりコイン・トスと異なる点は、じゃんけんそのものが「遊び」として機能する事だと筆者は考えています。

膝栗毛の一場面  「けんでまいろう」  狐拳に興じる人たち

拳会角力図会より  指の形の解説図

まだ中学生だった昭和三十年代の後半、地方の家庭で祝い事などがあった時、招かれた客には酒肴が振る舞われ、その場をより賑やかなものにするため、粋な酔客の間では座敷遊びの一つとて「拳(けん)」を打ち興じる姿が屡みられたものです。大抵は、その人が十八番の民謡を一節聴かせた後『貴方、強ければ、師匠にする』『御前、弱ければ弟子にする』などといった囃子言葉を発した後、両手で三つの形を示し、その勝ち負けを競い合うという単純明快な遊びで、その中身は「じゃんけん」と全く同様の、所謂「三すくみ」を表現したものです。筆者が見聞きしたものは、どうやら「狐拳」と呼ばれているものらしく、@庄屋(手を降ろして膝の上に置く)、A猟師(両拳を胸の前にずらして出し、鉄砲を撃つ構えをする)、B狐(両手を顔の横上げて掌を見せる、狐の耳の形か?)の三つの「基本型」で「ぐー・ちょき・ぱー」を表し、

  @ 庄屋は猟師を使用するので、猟師には勝つが A 庄屋は狐に化かされるので、狐には負ける B その狐も鉄砲には適わないので、猟師には負ける

のがルールとなっており、勝負は確か「二回(或いは三回)続けて勝」たなければ一勝とはならなかったように記憶しています。そして、負ければ当然大きめの杯か、あるいは茶碗一杯の日本酒を一気に飲み干さなければならない訳です。また、この遊びの面白いところは、徐々にテンポが速くなってゆく処にあったようにも記憶しています。また「拳」は、考えて打つ人よりも、酔いに任せて自然体で打つ人の方が強かったような感じも受けたものです。関西の小都市から山陰の田舎町に引っ越した中学生にとって、この大人たちの「遊び」は新鮮なものに見えました。折からの民謡ブームも手伝い、呑み、歌い、遊ぶ人々の姿が巷にあふれていた昭和の一場面です。

ところで、この「じゃんけん」ですが我が国発祥のものらしく、今でこそ世界中で使われるようになっていますが、そもそもの始まりは意外に新しく「十九世紀後半」だろうと見られています。また「拳」そのものが文化年間を中心に読み物として人気のあった「東海道中膝栗毛」(三篇下)で取り上げられているのも、当時としては珍しい流行ものという感覚だったのかも知れません。上で紹介している「拳会角力図会」(1809年刊)は、何でも番付を造りたがる我が国の粋人の象徴かも知れません。

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