正しいマージャンの遊び方  国士のヤマちゃん             サイトの歩き方」も参照してください。

卓を囲んでいる他のメンバーが勧めるままに、飲みつけないビールをコップに二杯も呑んでしまったせいか、つい先ほどまで、船を漕ぎこぎ『なあ、もお○○時やで。そろそろお開きにしょうか?』などと言っていた彼なのだが、南場の三局に入った途端、眼が冴えてきたらしい。牌をつもる指先に心なしか力が籠もり、いつもの三味線『勝負師のヤマちゃんと呼んでね。コクシのヤマちゃんと呼んでね』が口を付いて出てきたということは、もう彼が聴牌しているかも知れないという合図のようなものである。

母方には従兄弟従姉妹が二十数人いるが、その内の一人の連れ合いで、年は一回りも違う。父親を早くに無くし、田舎の商業高校を出たあと、都会の会社に集団就職、経理一筋に勤めあげ、三十半ばで管理職になっていた彼は、戦後日本の成長を支えたサラリーマンの典型と言っても良い。そのヤマちゃんの自宅に、今、遊びに来ているのが、このシリーズに何度も登場している例の(つまり百姓の)従兄弟であり、管理人も補欠メンバーの一人として卓を囲んでいるのである(「一回り」というのは十二支、干支(えと)のことです。昔は「何歳」と言う代わりに「何々の干支生まれ」という言い方をしました。勿論、歳を曖昧にする意味もあったのですが、逆に、歳を誤魔化しても干支を言う事で、読んだ「サバ」がばれてしまうことにもなったのです。今でも「何々年」は年賀葉書の図柄に残っていますね)

  初めに配られる牌は13箇です

麻雀に限らず「勝負事」に弱い、そして根気の無い者の常で、ゲームと名のつくものは何一つ上達しなかったのだが、麻雀だけは従兄弟そして何よりヤマちゃんのお蔭で、人並に牌を並べる位のことが出来るようになった。初めのうち、遊んでいるメンバーの後ろに座り込み、場の流れ、牌の捨て方などを見ているだけだったのが、その内、誰かからトイレ交代を頼まれたことがきっかけで、少しずつ従兄弟の遊び仲間たちの囲む卓に座るようになった。また、田舎から時折従兄弟が遊びに来た時などには、足りないメンバーの穴埋めとして呼ばれることも多く、なんとか皆の足手まといにはならない位にはなれたのである。

ヤマちゃんが飛ばしていた三味線で『コクシ』と言っているのは、勿論あの、夜も昼も国の現状や未来を愁いて止まない有志の人たちのことではなく、麻雀の役名なのですが、麻雀というゲームを知らない読者にとっては大変分かりにくいと思うので、極々簡単にゲームの仕組みを紹介してみます。

まず、ゲームの基本はカード・ゲームと似ており、4種類の図柄(うち1種類は字柄)に分かれた13個の手牌を、いかに人より先に並べるか(後一手で上がり待ちの状態にする)に尽きます。ただ、麻雀の場合、必ず同じ物を一対揃えなくてはいけません。後の牌は、全て3つずつ揃えるのですが、その揃え方は「同じ物が3つ」でも「数字順に3つ」並んだものでも良いのです。そしてさっきの「役」ですが、最もわかり易く言うなら「ゲームを終了させる(上る)ために必要な牌の集め方の基準」とでも言えばよいのでしょうか、トランプで言えば「ワン・ペア」「スリー・カード」のようなものです。その「役」にも色々な種類があり、良い「役」ほど得点が高くなります。ヤマちゃんの得意とする「国士無双(こくしむそう)」という役は、その中でも最高のもので「役満貫」と呼ばれる範疇に属するもので、カード・ゲームなら、差し詰め「ローヤル・ストレート・フラッシュ」に相当するでしょう。だから、いつも、容易く「上れる」手ではありません。というか「速さ」だけを競う、本当の勝負(つまり「」が関っているゲーム)の場で、このような「手」を狙う人は殆どいないと思われます。何故なら、役に必要な牌を集めることが難しいだけでなく、その集める牌の種類が特異なため、必要が無くなり場に曝す不要牌を見ることで他のメンバーに意図を簡単に読まれてしまうからなのです。だから、ヤマちゃんが「コクシ」を狙うのは無論愛嬌の表れなのです。

  ヤマちゃんは「勝負師」なのです  

ヤマちゃんは本来、非情な?「勝負師」なのですが、従兄弟たち、それに素人の管理人などと「遊ぶ」ときには、良き兄貴の「役」に徹していました。初めのうち「勝負」に拘る素振りを見せてはいても、ゲームがワンサイドにならないよう、彼は適当に緊張を緩め、素人の持ち点がゼロにならないように気を配ってくれたりするのです。ところが、そんな仏心を出しすぎると、他のメンバーに間隙を衝かれ痛い目に遭わされることにもなる訳で、一瞬、突然彼は「勝負師」の己に目覚め、冒頭の場面が現出するのです。そして、その実力は、本当にヤマちゃんが「国士無双」を何度も上ったことでも明らかでした。

従兄弟が家庭を持ち、ヤマちゃんの子供たちが大きくなるに連れ、遊ぶ機会も次第に減り、いつの頃からか、彼の家で卓を囲むことも無くなりました。ヤマちゃんの遊ぶ姿勢は、自信のない管理人が「何とか負けないゲーム」をしようとするのとは違い、彼は、いつも「勝つか負けるか」に徹していたように思います。勝って喜び・負けて悔しがり、喜怒哀楽の感情を素直に表出する。それがヤマちゃんの魅力だったように思います。麻雀については、従兄弟の遊び仲間の一人だった、そして仲間内では結構有名だった「チートイのなかチャン」のお話しもあるのですが、それは又の機会に譲りましょう。

  干支を題材にした明治初期の錦絵、面白いですね  PR

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