田舎中学三文オペラ  第3幕                        サイトの歩き方」も参照してください

転校生のいつの間にかピノキオ?並に

 中学校時代の約三年間は、山陰の田舎町で過ごした。先の事情から母方の、伯母の嫁ぎ先である農家の、離れの二階二間を借りて住むことになったのだが、転校は一年生の夏休み、身の回りの品物だけを持ち、母親と二人あわただしい転居だった。敗戦直後から十数年勤めた役所を止めざるを得なくなった父親は、新たな仕事先を捜すため、独り残り、母親は中学生になった息子のために、納屋だった奥の部分をベニヤ板で部屋らしく改造して与えた。西側にある小窓から、隣家の屋根瓦越しに見える夕日は、大きく、紅く、揺れて傾いた。    

 学校までは、ゆっくり歩いても十五分とはかからない。和菓子、電器、化粧品、雑貨、花、酒醤油、洋服、青果、本、薬、パンなどを売る小店が、道路の両側に立ち並ぶ民家の合間を埋める様に軒を連ね、ちょっとした町並を形作っている。二学期の始業式、朝の光は、まだ夏の気分からすっかり抜け切らず、建物・看板のあちこちで鋭角な反射を繰り返していたが、校舎東端の靴脱場から教室に続く廊下は、過去につながる不気味な洞穴の様にたたずんでいた。  

 担任に連れられ教壇に立つと、それまでざわついていた室内がとたんに静かになり、数十の視線が一斉に身体中に突き刺さる。黒板に名前が書かれ、お決まりの紹介と挨拶。殊更関西弁を強調したつもりはなかったのだが教室のあちこちで起こった小さな笑い声の原因が、言葉・アクセントにあったことは直感できた。席順は当時、あいうえお順に決められていたので机は教室最左列中央にあり、男女が交互に座る形になっていた。つまり、前も後ろの席も女子生徒である。

 担任の受け持ちは数学。教科書の中身の大半は、すでに小学校で習ったものと似たりよったり。転校生の鼻が嘘つきピノキオ並みに傲り、そびえるまで、時間は余りかからなかった。

  「嘘みたいな話やけど、一年の教科書に出てくる問題は、ほとんど小学校で習うたことのあるもんばっかりで、先生の話なんか聞かんでも解くことができた。なまじ、テストでええ点と るもんやから、先生も誉める。なんや、こんなもんか、と、すぐ天狗になった。勉強なんか、してもせんでも、たいして変わらへんやないか‥そんな気分やったな」

  「人は、易きに流れる、か…」

 博士から、いつもの様に人生哲学の一端を延々聞かされるのでは、と言う懸念は杞憂だったが、彼の一言には、出来の悪い者に限らず、自分自身を含め人と云うものは、余程の思いで自分を律していないと、なかなか堕落の坂道を転げ落ちる危うさから逃れることが出来ないのだ、と言う感慨が込められているように思えた。

  「努力の二文字とは無縁の世界やったね」

 都会から移り住む者など極めて稀。学校は一応、商店が立ち並ぶ“町”の外れに建てられていたが、生徒の多くは農家の子女。農村特有の閉鎖的で封建的な気風も十二分に残る土地柄。女子生徒は遠巻きにするだけで、誰一人話しかけてこない。皆、関心はあるらしいのだが、男子生徒の大半も似たようなもので、こちらが視線を感じて振り向くと、あわてて顔を逸らす始末。そんな中、意を決して近づいてくれたのが良ちゃんだった。

 田舎の、時流に少しだけ遅れてやってきた不良少年と言っては大変失礼なのだが、当時流行っていたラッパ・ズボン。腰、太腿から膝までタイツのように絞り込み、膝から足首に向かって末広がりの見事なスタイル。身体が大きいので、靴より広い裾幅のズボンに紫色の靴下が似合ってなくもないのだが、童顔故、どうも凄みにやや欠ける。

 彼の名字は「な」行なので、丁度席が一列左。何がきっかけだったのか、こちらの質問に、ひとなつっこい笑顔で丁寧に、標準語混じりの方言で答えてくれた。友人一号が良ちゃんだったことは、中学校での生活に大きな波紋をよぶことになったのだが…。

 「とにかく、物珍しいんやなぁ。教室や廊下のあちこちで、生徒が何人か集まっては、こっちをチラチラ覗きながら何や言うてる。まあ、動物園のお猿さんみたいなもんや。

 別に殊更、こっちから話すこともあらへんけど、それまで友達にようさん囲まれて暮らしてきたから、やっぱり寂しい。と言うて、誰に話しかけたらええのか、分からん。

 そんな時、大柄で少しこわもて風の彼が近づいてくれたんや。鉛筆か消しゴムを貸してくれた、誰かの名前を教えてくれた、教科書の何ページを今やってる−−多分、その程度のこ とがきっかけやったと思う」

 「形振りかもてられへんかった?」

 「確かに、その形見たら二の足踏むのが普通かも知れんけど、状況は正に緊急事態やったから、贅沢なんか言うてられへん」

 やっと見つかった友達がクラス、いや学年でもトップクラスの大不良と分かるまでに時間はかからなかったが、それでも唯一といっていい友達であることに変わりはない。二学期が終わる頃までには、良ちゃんの紹介で、校内の不良グループのほぼ全員と顔見知りとなり、出身小学校や地区の間で、幾つかのグループがあることも分かった。担任は、事あるごとに注意を促し、家庭訪問、懇談の席などで『極力品行のよろしくない生徒達とは学校内外で親しくしないように、勉学の妨げになる』との指導も再三受けていたのだが、小学校時代に培われていた、教師に対する肯定的で、尊敬の念を込めた真摯な思いを根底から覆す事件が起こったことが、その後の、大袈裟に言えば生き方そのものを決めることになった。  

 まだ、中学の一年生である。不良と言っても高が知れている。授業中に騒ぐ、女の子に悪戯する、体育の時間中に居なくなる、昼休み校外の店で菓子を買う、早弁する、掃除をさぼる、喧嘩する−−その類である。 秋のある日、職業家庭課の屋外実習だったと思う。学校の備品が紛失した。直ちに担任は良ちゃんを職員室に呼び付け、詰問した。廊下の壁に向かって正座させられた彼は、初め、身に覚えのない事である旨簡潔に訴えたが、受け入れられなかった。そして人伝に、その“犯人”が誰であるのか、備品がどこにあるのかを知ったとき、自分がやったと言い出したのである。担任は、さもありなんと云う表情で『やっばりそうだろう、私の目に狂いはない。お前しか、こんなことをする者は他に居ないのだから』と満足げに言い放ち、良ちゃんの頭に、その大きな拳で教育的、物理的指導を数回行った。  

  「事実はどうやったんや」

  「勿論、彼はやってなかった。他のクラスの生徒が面白半分に、学校の近くにあった洞穴に投げ込んで、そのまま忘れてたんや。そやから、大事になったのを聞いて、あわてて元に もどすことになった事情を、誰かが良ちゃんにこっそりと教えたんやろなぁ。とたんに、彼は自分がやりました、どこそこに隠しました、いうて白状してしもた。

 その時間に、うちのクラスは問題になった備品を授業に使うてなかったんやから、疑うこと事態がおかしかった」

 教師の独断的な思い込み、決めつけ、そして根本的な錯誤にも全く疑いを抱かない思考のあり方に、真から腹が立った。

 事実を明らかにせず、予断と偏見、身勝手な屁理屈を並べて人を裁くやり方、無理やり自己の考え方、価値観を押しつけ、有無を言わさない独善、相手を対等の人間として初めから認めようとしない不遜さ、その全てが自己と対立するものであることを明確に悟った時、幼い未熟な自我は少しでも成長したのだろうか。

保健とは何ぞや

 この事件には、伏線があった。神戸の新制中学校へ進み、見知らぬ顔と名前を覚えるのに忙しい毎日。一年の一学期ということで、各委員は選挙をせず担任が割り振った。与えられた役割は何故か保健委員。一体全体、何をするものなのか見当がつかず、まごついていると、隣に座っていた同じ委員の小柄な男子が、さも嬉しそうな表情で『おれ、お姉ちゃんおるから、知ってるねん』と得意そうに言う。  

 返答にとまどっていると、こんなに明白なことに、まだ思いいたらないのかと言いたげな顔つきで、急いで彼は肝心な言葉を継ぎ足した。『女の生理のことやないか、保健て、そういうことや』『‥』         

  『うちのことは覚えてるやろ。寒川君がトイレでうちにした言うてることも聞いてるんやろ、みんな』  

   顔と名前は勿論知っていた。同じ小学校出身という気安さなのか、妙に馴れ馴れしい口の聞き方で、三人目の委員になった女生徒が、全く脈絡の無い話で追いうちをかける。 村上については妙に記憶が混乱している。俗に言うおませ。体格も立派で、五年の頃既に大人に近い背丈、体付きをしていた。目鼻立ちも整い、色白で肩まで届く手入れの良い髪、成績も悪くなかったので、男子には人気のある女生徒だったのだが、こっちの事情で興味の対象から外れていた。

 同じ小学校の同窓生には違いないのだが、一緒の組になったことは無い。兎角、何かと噂の絶えない女の子で、今思えば、かなり性に関した生々しい内容のものが多く、その信憑性については眉唾だが、それだけ男子の関心を集めていた証拠。寒川云々も、その類の噂話で『あの二人はできてる。トイレでいちゃついていた。女の身体の大切な場所を触らせたらしい…』などなど。   

 二人の仲は知らないが、寒川と聞いて良い印象は一つも思い浮かばない。いつも何人かの児童を子分のように連れ歩き、喧嘩の強い連中とは直接ぶつからないよう上手く立ち回り、相手が弱いと見て取ると嵩にかかる手合い。週番時代に何度か現場を目にしたこともあった。向こうが、どう思っているか位、見当はつく。  

 『うち、そんな女やない。ほら、ハンカチも塵紙もちゃんと持って来てるし、学校で決められたこと、ちゃんと守ってる。

 自分と一緒やったら保健委員やってもええわ。自分の言うことやったら、何でも聞く。 あいつ、すぐ手ぇだすから、言うこと聞かなあかんこともあるけど…』

 何と答えたのか、その後会話がどう続いたのか。保健委員の仕事がどうだったのか、記憶は妙に欠落して、パズルは完成しない。  混乱の素は、村上の家。それは、小学校の校区と余りにも遠く掛けはなれた場所にあった。夏休み前、衣替えが済み、薄地のスカートに半袖ブラウス一枚の豊かな肢体は、確かに周囲の物欲しそうな男子の視線を常時磁石のように吸い寄せており、彼女の自尊心は十分満たされていた。

 ある日、終業直後、深刻ぶった村上が眉に皴を寄せ、わざと古くなったように見せかけるため、鑢か何かでこすった跡も生々しい皮鞄を両手で抱き抱え、子首を傾げるいつもの姿勢で話しかけた。     

 『なぁ、どうしても聞いて欲しい頼みがあるんやけど…』

 『話しの中身聞いてからや。聞けることやったら聞いてもええわ』

 『今日の、帰り、家まで送って欲しいねんけど、あかん?』

  『なんでや』

  『なんでも‥』

 『理由も聞かんと、なんで送らなあかんねん。自分の家までー』

 渋々話し出した村上によると『以前からちょっかいを出している寒川が、二三日前、今度は友達を紹介してやるから、学校が終わったら裏門で待つようにと言ってきたので、その日は都合が悪いと断った』今日、また待つように言われたので『今日は友達が家に来るから、付き合えないと断った』『誰が来る、嘘に決まってる』と寒川がしつこく聞いたので『勝手に名前を使わしてもらった。彼等が絶対どこかで貴君と私を見張っているので、今日だけで良いから送って欲しい。迷惑かけるけど』  

 今となってみれば、この話もどこまで本当だったのか怪しい限りだが、週番魂たちまち甦り、聞いた以上は送ってやろうと、校門を出た。小学校の同じ校区なら、歩いても知れているはず…。  

 『どの辺や、自分の家。送ったるわ』

 『送ってくれるん、ほんまぁ、助かるわ、うれしい。あいつすぐ手ぇだすくせに、自分の名前言うたら、急に態度変えるねんよ。あの時の顔、ほんま、見せたかったわ』

 『どっちに行くんや。市場の方か、大学病院の方か…』

 『家−家はバスに乗らな帰られへんよ』

  『バスて、何処行きの?』

 『熊野町通るんやったら何番でも。なあ、知らんかったん?』

 幸い、その日、クラブは休み。言われるままにバスに乗り、着いたのは夢野町。親兄弟に是非、紹介したいから、家に入れ、上がれとしきりに誘う村上の手を振り解き、道路の反対側にある停留所へ。帰りのバスに乗るまで村上は家の前で、じっと手を後ろに組み、こちらを見続けていた。突っ掛けを履いて、背伸びしながらいつまでも手を振る彼女の姿は妙にしおらしく、それまで目にしていた村上とは別人の様に思えてならなかった。

 「その子、お前のこと好きやったんやなぁ多分。何とか口実考えて家に呼びたい、話がしたいと思ってたんやで、きっと」

 「そうかも知れん。ただ、家に送ったんは一回こっきりで、それ以後、まともな話は学校でもしたことがなかったから、相手も諦めたんやと思うわ」

 「淡き恋心の巻はいいとして、教師の話にどないつながるん」

先生のお言葉とも思えませんが      PR

 一学期、英語の教師が何日か休んだ。学期末試験を目前にした頃、授業の後、その教師が補習をしたいと提案。『正規の授業ではないから、どうしても都合のつかない者、又、受けたくない者は、出なくてよろしい』『先生、出なくてもええんですか、ほんまに』

 教師は、思いがけない生徒の質問に一瞬たじろいた様にも見えたが、再び『出るのも、出ないのも君達の自由である』と答え、退室した。五十余人のクラスで、欠席は二名。担任から、放課後呼び出しがあり、職員室へ。

 『英語の何々先生から聞いたけど、この間の補習出えへんかったらしいな。なんでや』

 担任高原は正真正銘の体育系。『英語の先生が出ても出なくても良いといったから、クラブをしていた』の言い訳に、担任は一言、のたまった。

 『お前等、ほんなら、先生が三階の窓から飛べゆうたら飛ぶんか。死ね言うたら死ぬねんな』

 小学校の子供でも言わない屁理屈に唖然としたものの、もう一人の欠席生徒に、この金言が与えたショックは絶大で、半泣き状態。『すみません、ボクが悪かったんです、すみません。これからちゃんと補習は出ますから許してください』身体もぶるぶる震え、顔面蒼白、落城寸前。

 一時間余の説教の後、担任は『二人で何々先生に、ちゃんと謝れ』と締め括った。心底から謝っている同級生の横に立ち、形ばかり頭は下げたものの、腹の中は、嘘をつき、自らの発言に責任を持たず、あまつさえ自分の尻拭いをも放棄して、涼しい顔をしている目の前の教師に対する怒りで煮え繰り返っていたのだが『高原先生も、君達のことを思って言うてくれてるんやから、感謝せな』と、恩着せがましく言われた時には、耳を疑った。

 「小学校の頃、先生のいわはる事は正しいもんや、と思うてた。勿論、年端もいかん児童が相手やから、何々はするな、何々しなさい式の言い方がほとんどなんやけど、一度言うた ことを後で翻すことはなかった」

 「ごじゃごじゃ理屈言うよりも、嘘はついたらあきません、宿題忘れたらあきません、掃除をさぼったらあきません、の類やな」

 「まあ、そうやね。少なくとも先生が指示した結果について、後になって、責任回避したり、指示を受けた児童に責任をなすりつけたりすることなんか絶対なかった」

 幼い自我の内部に、脆い弱さと驕慢が絡み合い、自滅しかねない危うさの確かな芽生えを察知されたのだろう。六年担任の稲垣先生は、週番長の役割を強いて与えることで、公正な物の見方、偏りのない判断力を養い、信頼に基づく負託には、最期まで責任をもって応えなければならない、人としての義務があることを、身をもって覚えるよう期待されたのかも知れない。卒業式の前日、薄暗い宿直室で待っていた先生は、餞に『心頭を滅却すれば火もまた涼し』の言葉を万年筆に添え、贈ってくれた。      

 『もう卒業やなぁ、早いもんや。あっと言う間や。三学期は、ようがんばった。他の先生も誉めてはった。

 こんな言葉、聞いたことあるか』

 正直言って聞いたことも見たことも無い。幾何の問題の方が、まだ分かり易い。

 『難しく考えんでもええんや。火は熱いもんと決まってるけど、この火はあくまでも例えや。苦しいこと、難しいこと、とても出来そうにないことに出合っても、最初から諦めたりせんと、 出来るように努力せなあかん。 火の中に何の準備もせんと、そのまま飛び込んだら火傷するに決まってるから言うて、火を恐がるだけで終わってはつまらん。火を見た云うだけで逃げ出してまう人間になりかねへん。心の準備、心の鍛練を常日頃からしておけば、咄嗟の時にあわてんですむしな。 それから、心の中に色々なもやもやがあると、物事のほんまの姿も見つけにくい。

 まあ、人間やる気にさえなったら、かなりな事が出来るいうことや、分かるか』

 『ちょっとは、分かります』

 『ちょっと分かったら、それでええ。この腕章とバッジ、記念に持っとき。

 私学だけが中学やない。赤門の約束はちゃんと守るからな』

 クラスから赤門の合格者が出たら、逆立ちで校庭を一周する、という先生の約束を実行させる可能性を秘めていた数名の同級生が、念願を達成させたかどうかは不明。ただ、週番時代に、子供なりの正義感、公正さがしっかり根付き、信頼されることの重大さを強く意識したのは間違いない。

 転校間も無く、良ちゃんの冤罪事件に出会い、担任の不条理な態度に英語教師の亡霊をまざまざと見たとたん、教師への信頼と秩序だったものへの志向は、跡形もなく消し飛んだ。身に覚えのない、他人の不始末の責任を一方的に押しつけられたにも係わらず、誰に頼まれた訳でもないのに、自らの意思でその責任を敢えて背負い込み、尚、淡々としている良ちゃんの姿は、正に信頼に値するものだった。

 父親から離れ、息子には極端に甘い母親と二人暮らし。町には何ケ月かに一度、雨の降るフィルムが懸かる畳敷きの映画館の他、遊ぶ場所はない。膨大な時間だけが洋々としている。目標も無く漂っている思いは無かったが、形のはっきりしない将来への不安が足元にヒタヒタと忍び寄る気配も全く感じていなかった、と言えば嘘になる。

 転校時の手続きに必要な書類を確かめていた時、続柄の欄に《長男》と記された戸籍を初めて見る機会があった。それまで、半信半疑だった事実が明確になり、封印したはずの忌まわしい出来事が瞬く間に甦り、暗闇に住むしわがれ声の主は、独りの時を狙って責任の在処を改めて質すよう求め、しつこく語りかけてきた。  

 『元々、今回の問題は、お前の父親が母親と再婚したから生じたわけだ。つまり。お前の母親が父親と結婚し、お前を産んだから、このような結末になったのだ。

 元々、お前など産まれてくるべきでは無かったのだ。それが、間違いの元だ』

 『お前たちが、今、こうしてのうのうと暮らしている時、独りきりで生きて行かねばならない者は、どれ程苦しい思いをしていることか。きっと恨んでいるだろう』  

 『お前は、一度でも彼を助けようとしたことがあったのか。お前は、身内の一人を、たった一人きりの兄を、物でも捨てるように置き去りにした薄情者だ。きっと、報いがあるだろう』   

 不毛な問答が、いつ果てるともなく続く中で、醜悪な精神は加害者としての自己を弁護する言い訳を見つけ出そうと慌てふためく一方、被害者としての権利も何とか留保しようと見苦しく立ち回り、混乱に拍車をかけた。 自転車に乗り、当てもなく未知の道路を闇雲に走り回る日々が無為に過ぎていった。

宙を舞う出席簿、伝説は真実を伝えていたか?

 閑話休題、習字の先生の渾名はバッテン。出来不出来のばつ印の意ではなく、長崎の名字から来た、単純なもの。定年間際のバッテンさんは、既に悟りを開いたものと見え、騒ぐ生徒など眼前に居ないかの如く、わが道を悠然と行くスタイル。授業を知らせるベルが鳴り、しばらく経って悠然と教室に現れ、出席を取ると、黒板に今日の主題を大書、字句の説明と書き方についての注意を述べ終わると、後は椅子に腰掛け、何やら難しそうな分厚い本に没頭。時たま、よっぽど虫の居所が宜しくない時は、出席簿或は黒板消しが空を切り頭目がけて飛んでくる。  

 この先生、見かけはただの年寄坊主。極めて真面目そうな外見とは裏腹に、実に思い切った行動を取ることで、生徒の羨望と不評を同時に集めていた。

 中学生は名札を制服の左胸に着ける。樹脂製の白い名札には学年を表す黒い横線が一本引いてあり、その下に名字を書く。字は水性塗料で書かれているので、次第に剥げて薄くなる。先生の出番は、ここからである。

 「なんや、生徒の名札を書き直してくれるんか、違うな。それやったら、羨望と不評には結びつかん」

 「良ちゃんが、先輩の不良から教わった処によると、この先生には妙な癖がある。

 誰にでも、と言う訳やないが、比較的美人で、かつ胸の豊かなおとなしい女生徒の名札の文字が見えにくくなったのを目敏く発見すると、その名札を指差し注意するふりしながら、つ いでに、名札の奥にある胸のふくらみも指先で押すらしい」

 「ほんまかいな」

 先生の名誉のため、この話が根も葉もない作り話であれば良かったのだが、事実はどうであったのか、現場を目撃したという噂は卒業まで跡を断たなかった。(続く)


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